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#83 腸内環境理解のための生物学入門。Part12: 時代はメタゲノム解析へ。

毎日夜19:30に更新中!腸内細菌相談室。
現役の研究者鈴木大輔が、腸内細菌にまつわるエピソードをお届けしております🦠

本日お届けする内容は、前回に引き続き腸内環境を理解するために必要な生物学シリーズです。前回までに、ヒトゲノム計画に続いて技術革新が続いた生物学の分野にて次世代シーケンサーが登場してから、様々なサンプルに含まれるDNAの塩基配列が、比較的安価にシーケンシングできるようになってきた、というお話をしてきました。今回お届けするのは、次世代シーケンサーによって可能になった、全く新しい解析技術であるメタゲノム解析についてお届けします。まずは、メタゲノムとは何なのか?ゲノムとは何が異なるのかお話していきます!

このお話は、聴いて楽しむポッドキャストでも公開しております!ぜひ遊びに来てください!

メタゲノムとは何なのか?ゲノムとは何が異なるのか?

腸内環境の論文を呼んでいると、よく出てくるメタゲノムという言葉。これは何を意味するのでしょうか?ゲノムとは何が異なるのでしょうか?メタゲノムとは、微生物群衆から得られた遺伝情報の総体=全てを指します。つまり、1種類の細菌に由来するというよりは、細菌を数多く含むサンプルから得られた遺伝情報ということになります。まだイメージが曖昧かもしれないので、ゲノムと比較をしながら丁寧にお話します。

まずは、#70にて詳しくお話したゲノムからです。ゲノムとは、ある生物が生存する上で必要な全ての遺伝情報のことを示します。ですから、ゲノム=情報です。遺伝情報の構成単位は遺伝子ですから、遺伝子の総体と読み替えても良いかもしれません。この点は、言葉の定義、すなわち遺伝子のgeneと全てを表す接尾辞omeが組み合わさってgenomeになっている点、言葉どおりの意味とも言えるでしょう。

ついで、メタ(meta)という意味です。metaという接頭辞には超越といった意味があります。メタ認知、メタバースなど、様々なところに見受けられます。

最後に、メタゲノムについて。メタゲノムは、1つのゲノムを超越したゲノムであると考えることができます。では、どのようにゲノムを超越しているのでしょうか。それは、1つのゲノムみならず、環境を構成する様々なゲノムの情報を含んだ全体としてのゲノムという、包括的な意味で超越しています。

具体的には、糞便=うんちを考えると分かりやすいです。腸内細菌叢を調査する際には、腸内細菌叢を反映している、あるいは腸内細菌叢が混ざって排泄される糞便が利用されます。糞便には、数千億の菌が存在するとされます。つまり、微生物のDNA抽出を糞便から行った際に得られるゲノムは唯一の細菌に由来するものではなく、むしろ混ざりものとしてのゲノム=メタゲノムなのです。

メタゲノム解析が重要である点は、無数の生物に由来する遺伝情報を含むということに留まりません。メタゲノム解析ができるようになって、はじめて見えてきた腸内環境の世界があるのです。メタゲノム解析は、腸内環境を論じる上で、どのように重要なのでしょうか?

自然界の細菌のほとんどは、単離培養の手法が確立されていない現状

メタゲノム解析は何故重要なのか。これは、細菌のほとんどが単離培養の難しいことに由来します。どういうことなのでしょうか?微生物学の歴史を振り返っていきます。

そもそも、微生物という存在は、顕微鏡が開発されるまでは知られていませんでした。ヒトの目は、約0.1 mmより小さいものを見分ける能力がなく1*、分解能には限界があります。一方、細菌の細胞サイズは0.001 mm = 1 μmほどなので、ヒトの目に細菌を捉えることはできません。顕微鏡によって、ヒトは微小な世界を視る目を獲得したと言えます。

ここから、微生物に対する理解が進んでいきます。中でも、微生物学の発展に大きな功績を残したのは細菌学者のロベルト・コッホです。彼は、感染症の病原体を調べる指針であるコッホの条件を提唱するのみならず、細菌の培養法の確立を行っています。

細菌の培養法の確立によって、興味関心の対象となる微生物を増やせるようになり、実験による調査の道が開かれました。

しかし、培養法の確立によって分かった問題もあります。それは、ほとんどの細菌について、培養法を確立することが非常に難しいのです。現在、比喩的に"99%の細菌は培養できない"とすら言われています。これは、厳密には培養が難しく、培養法が知られていないというわけです。

しかし、これでは困ります。培養法を確立するには非常に大変な手間がかかる上、細菌の種類は無数に存在するのです。一方で、細菌の単離・培養法を確立できなければ、細菌のゲノムを構成する塩基配列を特定できないためです。なぜなら、細菌の単離・培養が、他の細菌のゲノムというノイズを含めずに、かつ十分量のDNAサンプル量を確保する手法だからです。

そこで登場したのが、培養を必要とせずに行われるショットガンメタゲノムシーケンシング、16S rRNAアンプリコンシーケンシングとメタゲノム解析なのです。では、これらの手法について説明していきます。

メタゲノム解析の実際

ショットガンメタゲノムシーケンシングを話す上で、まずはショットガンゲノムシーケンシングから解説します。とはいっても、ショットガンゲノムシーケンシングについては、#80にてお話しています。覚えていましたか?こちら、簡単にお話すると、対象となるDNA配列を断片化し、断片化されたDNA配列を並列的に決定していく手法です。つまり、1本のDNAを、あたかも散弾銃=ショットガンを放つかのようにしてバラバラなDNA断片とした上で、配列決定を行っていく手法になります。

ショットガンメタゲノムシーケンシングは、ショットガンゲノムシーケンシングの手法を応用して、様々なDNAサンプルを一気に断片化して、シーケンシングを行う手法になります。このとき、並列的なシーケンシングを行うのが次世代シーケンサーとなります。

また、細菌の系統組成の決定には16S rRNAアンプリコンシーケンシングもよく用いられます。この手法は、細菌に特異的な配列をもつリボソームのサブユニットであるRNA配列を記録する遺伝子についての解析を、サンプル中の細菌について網羅的に行います。ショットガンメタゲノムシーケンスと共通して、対象となるのはメタゲノムサンプル=細菌群衆から得られた遺伝情報の混合物です。

上記のいずれかの方法によって得られたリード=解読された塩基配列の断片情報は、メタゲノム解析によって処理されます。すなわち、シーケンシングの際に生じたエラーを含む配列を取り除いたりするQCや、相同な細菌に由来するリードをアセンブルすることで計算機上でDNAを再構成する作業が含まれます。ここまでが、メタゲノム解析の大まかな流れです。

腸内環境の研究はメタゲノム解析により開かれた

メタゲノム解析によって、サンプル中の様々な生物に由来する遺伝情報を網羅的に処理して、培養を介せずとも細菌の解析を行えるようになりました。

次世代シーケンサーとメタゲノム解析によって、私達は腸内環境を構成する腸内細菌叢に対して、深い理解を得られる様になりました。これらの技術によって、現代的な腸内環境への理解が深まったとも言えるでしょう。

次回は、本シリーズで紹介する最後のゲノム、Metagenome Assembled Genome=MAGについてのお話をします。

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本日も一日、お疲れさまでした。

参考文献

1* 顕微鏡の能力 その1 ~分解能と倍率~, EVIDENT OLYMPUS, Access: 2022/11/13,

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