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【創作大賞応募作品】1075g〜早産の子の母になるまでの記録〜

DAY-11

「え…、これは…」

忘れもしない、10/5の妊婦健診。
24週の定期検診に訪れた私は、内診台の上で先生のいつもと違う様子に心がざわついた。

時は2020年コロナ真っ只中。
診察室には1人しか入れないため、
夫は診察室の外で待機していた。

腹部エコーしている様子を動画で撮ってもいいよ、と言われていたので、この日もケータイのビデオを開いていたが、このまま撮られることはなかった。

「今日はだんなさん来てる?ちょっと診察室に呼んでもらって」

先生の緊張感がある声も、右から左に抜けていく。

「子宮頸管長がほぼなく、胎児が入っている胎胞も見えています。今すぐ入院が必要です」

あれよあれよと言う間に個室に車椅子で連れて行かれる。
コロナにかかっていなかの様子を見るため、
初日のみ個室、明日からは大部屋らしい。

夫とは赤ちゃんが生まれるまでもう会えないらしい。
産婦人科病棟の手前で唐突なお別れ。

全然気持ちが追いつかない。

点滴のルートを取られたり看護師が説明に来たり、慌ただしく物事が進み、病室で1人になった途端、涙が溢れてきた。

この子の前に1人流産している私。
またダメなんだ。ハッピーマタニティライフは送れない運命なんだ。

会社に電話しなきゃ。。

上司である課長に電話をかけるけれど、うまく言葉が出て来ず嗚咽混じりになる。

「こちらは大丈夫だから。俺が全部やっとくから、赤ちゃんのことだけ考えなさい」

課長の落ち着いた声色に涙が止まらなかった。
ずるいよ、無駄にいい声なんだから。

ここから、私の長い入院生活が始…まらなかった。

DAY-10〜-4


次の日からは初めての大部屋。
全部で4人。ここは問題がある妊婦が集められているらしい。

コロナのためなのか、常にカーテンは閉まりっぱなし。
コミックエッセイで読んだような、病室での交流は一切なし。ただ、生活音だけが聞こえてくる。

向かいのベットはどうやら妊娠悪阻のよう。
毎日ハキハキの喋る女医さんが問診に来ている。

「今日は昨日より食べれました。何とか頑張って、上の子の誕生日までには帰りたくって。」

横のベットの人も切迫早産のよう。
もうすぐおうちに帰れるみたい。

「いやー、長かったです。ようやく36週」

先生の回診が1日に一度あるのだけれど、私の担当の先生はいつも風のように来て風のように去っていく。
先生、何言ってるのか全然わからない。。

「調子◯△□…⭐︎@変わり%#…また…」

ご飯の時間になると、カシャカシャっとケータイのカメラ音が響く。
ご飯写真撮る以外にすることないのは皆同じらしい。

予定日までは3ヶ月弱。
朝6時過ぎくらいから採血のために起こされ、赤ちゃんの様子を見るためのNST(ノンストレステスト)の機械を1日3回程度お腹に巻かれる。

「お腹の張りがあったら教えてくださいね〜」

そう言われても、張りがどんなんかなんてわからない。

とりあえず、動画視聴のためのポケットWi-Fiをレンタル。
そしてHuluに加入。
夫に持ってきてもらうものをAmazonで購入。
思いの外病院でのご飯がモリモリだったので、ふりかけもポチ。

会社のパソコンも持ってきちゃったからな。返すよう夫に託さなくっちゃ。
諸々準備している間にはたと気づいた。


私、クリスマスもお正月も病院に1人じゃん!!


また泣けてくる…。

急に仕事から切り離されたからか、毎晩仕事の夢をみる。
仕事好きじゃなかったのに、急になくなると夢見るものなんだ。

家族とのLINEがせめてもの救い。
看護師の妹は、看護師にはこんな事伝えた方がいいとアドバイスをくれた。
母は切迫早産経験者なので、こんな事して過ごしてたよ、とアドバイスを。
父はとりあえず心配をしている事が伝わってきた。

28週までお腹の中にいてもらうと、生存率と障害が残る確率がぐっと上がるらしい。

ようやく25週が終わった。
1日1日を延ばすだけで精一杯。
全然先に進まない。
子宮頸管3ミリしかない絶望。

目指せ28週。

DAY-7~-4

毎日同じことの繰り返し。

夫に持ってきてもらった本。
読書好きの先輩に教えてもらった本。
Huluで見るウォーキングデッド。
時々任天堂Switchであつ森をするも気分が乗らない。

時々NST。
一瞬の回診。

二日おきのシャワー。
3食ご飯の写真撮影。

その合間にネット検索魔。

【早産 障害】
【早産 兆候】
【切迫早産 薬 副作用】

とはいいつつも、寝転んでいるだけなので、
いつのまにかうとうと。結果、夜眠れなくて困る。

24時間の点滴は、副作用も辛いし、寝返りもうてない。心電図がついているから尚更だ。

ルートをとっているところが熱い。
iPadがいい冷却になるとは想定外。
iPad側も、こんな使い方をされるとは思ってもみなかっただろう。

誕生日に買ってもらった抱き枕を抱いて眠る。
明日から26週だ。

DAY-3~-1

結局聴きそびれていた性別がわかったのが26週に入ってから。

「ここに木の葉マークが見えるので、女の子ですよー」

仕事の辛さから逃げるように考えていたいくつもの名前を候補に、夫とLINEで相談した。

「苗字との組み合わせで〇〇もいいな」
「こういうのも可愛くない?」

「今読んでいる小説の主人公の名前もよい」
「こんなのはどうだろうか?」

束の間の平穏。
病院の中は気温が一定なので外の様子が分かりにくい。
この数日で気温がぐっと下がったそうだが、私は病院の中で半袖で過ごしている。

iPadの中ではニックが大変なことになっているが、こちとら暇を持て余している。

昼間に寝てしまったのと、読んでいる小説が面白すぎて、思わず消灯時間になってもケータイの明かりで本を読む。
看護師さんの巡回の様子を初めて知った。
寝れないとこんなふうに心配されるんだな。

Day0

この日も夫とLINEで名前の相談をしていた。
夫が紙に書いて字面を確認している。
たくさん書いてある名前の候補。
可愛い一面を見た。

ウォーキングデッドを見ながらお昼ご飯を食べていると、何やら不穏な腰の痛みが。

以前死産した時も感じた腰の痛み。
後に母に聞いたところ、母も私と妹を腰で産んだらしい。

夫にLINEすると、看護師さんに早く言い、と言われる。
ちょうど来た看護師さんに話すと、

「ちょっと待っててくださいね!機械持ってくるので!出来そうなら感覚測っておいてください!」

との事だったので、人生で初めて陣痛アプリをダウンロード。

よくわからないけれど、だんだん感覚が短くなっているような…。

看護師さんを待っている間にどんどん短くなる痛みの間隔。
iPadでは行方不明の子がゾンビとなって現れるが、こちらはそれどころではなくなってきた。

看護師さんが機械を持ってきた時には、もうじっとしていられないほど痛い。。

どんどん人が周りに集まってくる。
点滴の量を上げるもおさまらない。

もう病室ではだめだ、という事で、急遽ストレッチャーで分娩室に運ばれることに。

私はもうそれどころじゃないのだけれど、周りの人がどんどん増えていくことだけ感じている。

分娩室みたいなところに運ばれ、先生が叫ぶ声が聞こえた。

「もう子宮口全開全開!いきんで!!」

周りの人の声に、訳がわからないまま踏ん張ってみる。


ちゅるん


1057gの赤ちゃんが産まれた瞬間だった。

こちらは放心状態のまま。
だけど、一瞬赤ちゃんを隣に連れてきてくれた。
赤黒くて、背中の毛もすごくて、お猿みたいな赤ちゃんだった。
目も半開きでうつろ。
生きてるのかな、大丈夫かな、と思っていたけれど、次の瞬間。


きゅ


小さな赤い指が、私の手を握った。

無意識の反射だとしても、生きる力を感じた瞬間。

その後すぐ、小児科の先生の処置のために目の前から連れて行かれてしまったけれど、確かに生きてることを感じた。

こんなに超特急で生まれて、後産の処理でお腹もお股も痛かったけれど、あ〜生まれてしまったという後悔と、今度は無事に生まれてくれたという安心とで、心の中はぐちゃぐちゃだった。

その後、夫が来てくれてひとしきり泣いた後、NICUに赤ちゃんを見に行った。

小さな小さな私の赤ちゃん。

こんなに小さく、またいろんな管が付けられているけれど、見ると可愛さが溢れてきた。

今度は無事に生まれてくれた。
私の元に来てくれた。

ハッピーマタニティライフは送れなかったし、
マタニティ服は着れないままだし、
臨月も体験できないままだったけど、
それでもお母さんになれた。

26週4日。

目標だった28週には届かず、早産児ということできっと今後の心配は尽きないだろうけれど、
それでも産まれてきてくれた事に感謝だ。

可愛い娘。
私をお母さんにしてくれてありがとう。

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