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3度目の初恋で詰んだ。「第6話 クリスマスが今年もやってくる」

クリスマスにはまるで縁がない。

恋人とクリスマスを過ごせたことがないのがいつからかこの時期は私の鉄板自虐ネタになっている。またそれが楽だった。同じような人間は安心し、彼氏がいる人間は自分の方が優っていると優越感に浸れる便利な私ではないだろうか。あーいかん、闇ってきた。街がクリスマスの装いをはじめるとよそよそと周りは騒ぎ立てる。やばい恋人作らなきゃ。私にはその感覚はなかった。誰かと一緒に過ごすことで、嬉しくなることや楽しくなることがある、それはわかっている。でもどうしてみんな、その逆の可能性をもっと考えないのだろうか。誰かと過ごそうとすることは、誰かに近づこうとすることは相応のリスクを伴う。必ずしも人と人との組み合わせが幸せに繋がるとは限らない。昨夜のテレビでは男女間の交際のもつれで女性の方が刺し殺されていた。男の方はストーカーと呼ばれていた。そうやってなんなら殺されることだってある。誰かを殺してしまうほど好きになれるってなんか羨ましい、とTweetしてすぐ消した。クリスマスが近付くと、そうやって捻くれを混ぜては自虐的に過ごしていた。閉まるドア、いつものサイレン。美味しいそうな骨つきチキンと赤い装飾を見つめながら私は、自分の心模様の変化に気づいていた。今年は、今年の私は違うみたい。


「あれからも彼女と会っている。」


突然に彼はそれだけ告げた。私はどことなくわかっていた。彼が、彼の心が私じゃない誰かに向いていること。女の勘というやつを駆使しなくとも私からすれば彼を見ていればわかる。それでも、クリスマスに告白しようかなと密やかに思っていた私には残酷な世間話だった。こっから入ってはいけませんと唐突に線を引かれたみたいに感じた。彼は穏やかに柔らかく、どこか遠い目をして彼女と会っていることを話してくれた。彼と初めて居酒屋でお酒を飲んだ夜。彼の初恋の話、その時と同じ目をしていた。まだもっと浮かれて、はしゃいでくれた方がいいかもな。私は、何も言葉にできなかった。(彼女って、どっちの彼女?はつみさん?でも彼女は亡くなっているんじゃないの?お姉さんとのこと?)何を言っても、彼にもうこの件で嫌われたくなかった。それが怖かった。やっとこうして普通に話せるように戻れたのに。私はいつも傍観者だ。なんだよ、脇役にすらなれていないじゃないか。だめだ、泣きたくなってきた。


「あの、、大丈夫ですか?」

「・・・え?ぁ、、うん。全然大丈夫。しかし急に寒いね今日。」


圭介くんと新規のリース契約先を訪問しホッと肩を撫で下ろしたところで、ピューッと冷たい風が2人の目の前でくるりと巻いて、お互いの顔が(温かい物でも飲みますか)と切り替わった。それから入ったカフェもまたクリスマスを着飾っていた。お生憎様、クリスマスの話題にはならない。私はどこか怖くて話題を振らなかったのかもしれない。クリスマスは私のような女をぎこちなくさせる。圭介くんはクリスマス何するのかな。怖くて聞けない。もう気にするな私。頑張れ私。帰って映画でも観ようぜ。


「何にも、聞かないんですね?」

「え?」


ちょっとthの時の発音のそれみたいに舌がぎこちなく慌てて動いた。そうか、彼は自分の話を聞いてほしいんだな、それをうまく言えないし、自分でも気付けてないのだろう。無意識というか無神経というか、にしても鈍感だな、いや彼は悪くないか。すごくムカつくけどちょっとかわいい。私はズンと鉛のような塊の悲しみを顔に出さまいと下腹部の奥へと押し込んだ。聞くにしたって、何をどっからどう尋ねればいいのだろうか。やっぱり私はあの場に居合わせるべきではなかった。彼からは続けての言葉はなく、私の落とした目線の先にあったコーヒーカップが向かいに座った彼の綺麗な左手に掴まれ、視界から奪われていった。私は彼が私の気持ちに気づいていようといまいと、これから始まる思いを寄せる男性の恋バナを聞く覚悟を決めた。


「彼女って、、東雲さんのことだよね?」

「うん。」

「その、、つまり、、ななみさんに会ってるってこと?」

「いや、違う。」


喉の奥がカァッと暑くなる。耐えかねて少し背が丸まる。まさか、やっぱり、そのどちらともが混じり合って、私は正常な脳の機能を失いつつあった。だけど、だからこそ今は彼の話を聞いてあげることに集中しよう。きっと話したいんだ。きっと彼にとって私だけだ。うん、そうだ。彼がこんな話をしてくれるのは私だけ。そうやって私は、必死に座っていた。私はいま、彼の特別なんだ。


「え、、でも、、はつみさんは…」

「やっぱり、知っているんですね。彼女が亡くなっていること。」

「うん。あの日、あの後、ななみさんから聞いた。」


昔はよく入れ替わっていたことは私からは言わなかった。彼の言葉でどう表現するのか聞きたかった。こんな瞬間でも頭が働くのかと我ながら関心した。


「確かに、はつみさんなの?」

「不思議なもんですよね。ななみさんと瓜二つなのに、全然違う。」

「そうなの?着てる服や髪型やメイクが違うとか?」

「いや、一緒ですね。言われてみれば、もう少し変えればいいのにって今更ながら思いますね笑。」


彼はニヒルにクシャッと笑って、コーヒーを口へ運ぶ。恋をしている。嬉しそう。楽しそう。ななみさんは大丈夫なの?ななみさんが倒れたこと、そのことは知っているの?言葉が喉の奥で突っかかる。


「昔は今よりもっと頻繁に入れ替わっていたらしいんです。」

「うん。」


思わずノータイムノーリアクションで発言してしまった。彼も一瞬、動きを止めたように見えたがすぐに元通りになった。


「ななみさんから聞いたんですか?」

「うん。でも、ななみさんが倒れてから、はつみさんは居なくなった、って。」

「そうですね。」


ななみさんが倒れたこと、今度は私から言ってやがる。気色悪い。彼もななみさんが倒れたことを知っている。あれ、なんだろう。違和感を覚えた体が私の胸をドックンドックン突き動かす。頭に浮かんだ言葉をこのまま吐いてしまおうかと考えていると、彼の言葉が遮った。


「二重人格の一種だと思います。」

「え?」


思いがけない活字の登場に思わず目を見開き、俯き加減だった頭が持ち上がる。彼は窓の外、ビルの間に間に見える遠くの空の青から漏れる光に目を細めていた。


「ななみさ、、、あ、、はつみさんが言ったの?」

「いや、違うけど。僕なりに考えた結果、そうなのかなぁって。」


今度はまるで人ごとのように語尾を丸める彼に、少し苛ついてしまい空気をピリつかせてしまった気がした。私が感じ取るこの空気感は、彼も同じように掴めるのだろうか。言葉は無くともそういう場面が人と人との間にはあるのは確かだ。喉の奥で突っかかっている言葉が居心地悪そうにしている。


「じゃあ、ななみさんに会う前に圭介くんが会ってたのも、、、はつみさん?」

「ですね。」

「いいなぁ、私も会ってみたい。はつみさんに。」

「え?」


そういうとまた会話が滞る。私は次第にヤキモキしてきた。あいつがまろび出そうになっている。これはもう、ダメだ。止められない。私はどうせいずれ飛び出してくるであろうその言葉を認めて、勢いよく飛び出るのを止めるよう促し、できうる限りそうっとそこから出してあげた。


「圭介くんは、どうしたいの?」

「・・・」


黙り込んでしまった彼をみた言葉は、出てきてすいませんという風に私の方を振り返った。私は、もうすっかり冷え切ったカフェラテがまだ半分以上も残っていることに気がついた。ごめんね、と添えながら熱を帯びないカフェラテをごくりと飲み込む。彼もほとんど残っていないコーヒーを口に運ぶ。ゆっくりカップを置く、コトッと音がなる。


「わかんないです。」

「そっか、、、まあ、、焦らず、、」


何言ってんだ私は、と思ったが、おそらくもうほとんどHPが残っていない自分を責める気にはならなかった。私はよくやった。


「ただ、ハッキリしてるのは」


語気を強めた彼の言葉にハッとした。一瞬油断していた私は、その先の言葉を受け止めるべく構えを取る。


「シンプルに、もっと一緒に過ごしたい。それだけですね」

「そっかぁ、、、わかるな、その気持ち。」


辛かった、とても胸が苦しかった。私も圭介くんともっと一緒に居たい。それだけだ。それだけなのにな。ななみさんのことは心配じゃないの?

ズルいような気がして言えなかった。梨花がこの場に居たなら今頃、胸ぐら掴んで怒鳴り散らしているだろうか。









「大丈夫あんた?なんか顔色悪くない?」

「え?」


今日は久しぶりに梨花とランチにきた。先に着いていた私の顔を見るや否や梨花はそう言った。顔色が悪いなんて私自身思いがけなくて、はつみのことが心当たって私は必要以上に焦ってしまったような気がした。それはほんの一瞬だったけど、梨花は鋭いからドキドキする。


「最近、ハードワークだからなぁ〜」

「そうなんだ。どのクライアントにいじめられてるの?」

「いやいや、そんなんじゃないけど。ちょっと詰め込みすぎたな、我ながら。」


毎日鏡をみている自分より、久しぶりに会う時の他人はその人の変化に敏感になる。梨花からそんな風に判断されたことがショックだった。はつみのことを悟られていやしないかと、メニューを見るようにして、チラリと梨花を覗き見するも、カニカニ〜♪と小声で言っている梨花にひとまずはホッとした。しっかりしなきゃなと、メニューに隠れた私は人知れず気持ちを結び直す。私は話題と空気を変えようという焦りと普段通りにしなきゃという緊張が、温めた牛乳の膜のようにぬたんと私を覆っていく。普段、普段どおりってなんだっけ。『考えてもわからないときは、いったん考えるのをやめること。』いつか自分が担当した記事の言葉がよぎって感謝した。たくさんの人や言葉と関わること、蓄積されたそれらは巡り巡って時にふとこうして私を手助けしてくれる。


「調子はどう?」

「うーん、、、、とりあえずやっぱ寒いの無理。」

「梨花は夏女だもんね。」

「うん、やっぱりカニにしよう!」


そういうとパンっとメニューを閉じだ。梨花に釣られた私もクリスマス限定メニューと書かれたパスタとアヒージョのセットを眺める。私は寒いのは苦手だけど嫌いではない。その分、得られるものもある。特に冬の星空なんて大好き。


「じゃ、私もそれにしよっと♪」

「ミラーリングしてるねー。」

「それはあるかもね。」

「お、さすがだね。知ってんだ。」


人は好意を抱く人の仕草や口癖を知らず知らずの内に真似してしまう、それをミラーリングという。知識としても知っているし、そうだろうなと私は私をもって体現している。私とはつみとではどうだろうか。


「でもスープも飲みたいな。ほら、あれ、なんていうの?ザクザク壊すやつ。」

「そういうのは知らないのかよ笑」


梨花はそう言うとメニューを拾い上げて、目を澄ましてパラパラめくると得意げに「スープパイ」という文字を指差して私に見せた。


「分けっこしよ」

「いいね」

「あ、ガーリックトーストはつける?」

「ついてま、す。」


トントン。メニューをつく梨花の指が音を立てる。ネイルとか付け爪とかしているところをみたことがないけど、爪の手入れをしているって聞いたことがある。変に着飾ったりしない艶めいて丸っこい梨花の指が私は好き。


「ちょっとお昼から食べ過ぎじゃない?太めになっちゃう。」

「ななみは線が細いから、もうちょっとくらいお肉がついても大丈夫だし、丸みを帯びた方が可愛いんじゃない?」

「えー、そうかなぁ。つくところにつけばいいけど。」

「ななみって、抜けるところと抜けないところが私でも今だによくわからん。天然なところもありながら、知的で可愛いところもあるし。ミステリアスガール。」


最近密かにはつみと入れ替わっている私は、抜けているという言葉に心がヒクッと跳ねる。察したわけではなかろうけれども、梨花が被せるように続ける。


「それはね、2面性があるからなのかなぁって、やんわり思ってて、自分的にはこっそり納得させてるんだけどね。」

「え?」

「ななみとはつみさんと、がね。悪い意味ではないよ。例えそれで2面性があるにしたって受け入れていいことだろうし。」


梨花の口からサラッとはつみの名前が出ること自体、珍しい瞬間だった。わざとなのかな。何か言葉を返さなきゃと思っていたところ、梨花の背後から優雅に両手の平を広げたウェイトレスさんが二つの料理を運ばれてくる。私はお尻をキュッと上げて背筋を伸ばしその助け舟を待った。


「お待たせ致しました。クリスマス限定ランチでございます。」


梨花の背筋がもおっ!と伸びる。可愛らしい声をしたウェイトレスさんだった。瞳を覗き込むとクリンとカールしたまつ毛がなお一層可愛らしかった。ピンクがかったチークにプクッと膨れた柔らかそうな彼女の頬もクリスマス限定かもしれないな。


「うーん、カニさまお久しぶりぶりですねぇ。お元気でしたかぁ?うふふ〜、いただきますぅ。」


美味しそうなものを目の当たりにすると、こちらも二度見してしまうほどの可愛さを発揮する梨花。本人には自覚はないようだし、私の前でしか見せない姿だといつか語っていたのを思い出す。ぎゅーって抱きしめたくなる。クルクルと巻いた本日のパスタに、ちゃんとした身ぶりのカニを乗せて大きな口で迎え入れる。ぉぉぉお蟹味噌きた。見た目にはその存在を知り得なかった彼が私の鼻腔を駆け抜けていった。かと思えば、トマトの甘く優しい後味がふんわりと口一杯に咲いていった。


「え、ちょっと待って、、美味しい〜。」

「うん。これは、、大当たりでんな殿下。」


加えて梨花は美味しいものを捉えたその瞬間は、『あんた誰?笑』みたいな瞬間がある。そんでもってすぐ元の梨花に戻るから面白い。そう思った矢先、そらきたぞ。


「あれから、連絡取ってないの?小津くんとは」

「うん。」


なんでかは分かんないけど、ある程度予想できていた私は不自然なほど穏やかで平静にそう答えることができた。だけど、飲み込もうとしていたパスタが少し喉に痞えた。出ていった言葉は私で、パスタが痞えた喉ははつみの反応だったのかな。そう思うと少し可笑しくて口元が緩んだ。


「いやいや、なんのニヤつき?」

「だって、梨花面白いんだもん。」

「はぁ?何を今更。いつもの風景じゃん。」

「そうだけど、、ちょっと久しぶりに見たよ可愛いバージョンの梨花。」

「はぁ?なんだそりゃ。まぁしかしお互いよく働くもんだ。」

「梨花はクリスマスどうするの?一緒に過ごせそうな男子はできた?」

「いいや全然。あんまし良いの居ないよね、マジで。無理に組み合わせ作る必要もないでしょ。」


梨花はパスタやカニらをごくりと飲み込むと、ワイングラスを持つように水を飲んでからそう言った。梨花って男勝りな風に見られがちだけど、こうやって一緒に過ごすと本当に魅力的な子だと思う。と同時に同じ年代の男の子たちでは梨花と釣り合うような人はそういないだろうなとも思える。それくらい大人びているし、このギャップを簡単に手にできてたまるものかと名前のついていない変な感情すら湧いてくる。


「まぁでも、予定はあるっちゃある。」

「え、どんな?」

「彼氏の居ない女子のクリスマスの予定なんて尋ねるもんじゃないでしょう。」

「ぇぇぇ笑。言わないのかよ!」

「ななみはどうなのよ?」


しまった油断していた。実は私はクリスマスの予定がある。正確には私ではなく、はつみに。我ながら私って編集者でありながら、こういうところは仕事で培っているであろう能力を発揮できない。でもそれでいいと思う。梨花と過ごしている時は両手離しでリラックスしているだろうし、気を張っていたくないもの。


「うーん、仕事してるかな。」

「え、日曜日なのに?」

「え、あ、、うーん、予定ないってことよ笑!優しく察しなさいよ笑!」

「ま、私たち仏教徒だし?気にしない気にしない。」


梨花はクルクルさせながらフォークの先に視線を落としたので私も手元の刃先に目をやる。一定のリズムでクルクル回るフォークを見つめていると、ぐわんと突然それはきた。あれ?ちょっと眩暈がしたように思えたが、余韻がなかなか引かない。なんだろう、フォークが重なって見える。目が回ったのかな?ふと視線を梨花の顔へと起こす。


「あ、スープパイがまだだった。カニで忘れてたわ。」


そう喋る梨花が重なって見える。だけど、目が回ったのとはやはり感覚的に違う。梨花の声がふたつするような。


「そうだったね。」


私は極力平然とそう声にした。自分の声もふたつする。なんだこれ。はつみ?はつみが出てきてる?いや、でも私の意識、私の言葉。やはり眩暈が続いているわけではないし、なんならこのまま過ごしてこの場は取り繕えそうなくらいだ。いや、だけど、梨花に私の異変を気づかれてしまうかもしれない。そう考えてしまったことがきっかけで今度は全身にほんのりと汗をかいた。まずいバレると回り始めた思考は周回し、ますます余裕がなくなってしまう。


「お待たせ致しました。スープパイとセットのガーリックトーストでございます。」

「んー、いい香り♪」


ウェイトレスさんの声もやはり全てが重なって聞こえる。とりあえず一旦トイレに逃げよう。立ち上がれるだろうか。こんなことは初めてだった。


「ちょっとトイレに行ってくるね。あ、まだ崩さないでよ〜。」


2本に見えるフォークでパイをツンツンするそぶりを見せた。私なりの、私は大丈夫だよという合図だった。私の右手が掴んでいるフォーク。右目だけで見た時と左目だけで見た時とでは、見える景色は若干ズレる。普段は重なり合って一つに見えるその両の目からの景色がそれぞれに独立独歩している感じ。ドキドキと高鳴る鼓動も重なって鳴り震わす。梨花にできるだけばれないようにエイッと立ち上がって見せたが、今思えばそれ自体、不自然だったことだろうか。よし、少し風景が重なって見えるだけで大丈夫。トイレまで凛と澄まして歩いてみせた。店の雰囲気に合わせた素敵なトイレだった。大きな鏡の前には化粧ポーチやカバンを十分に置けるスペースがあった。フーッと息を吐き鏡を見つめる。さっきまで重なって見えた世界とは違っていつもの私を鏡は映し出していた。気分も悪くない。大丈夫。なんだったんだろう。早く戻らなくちゃと改めて鏡に映る自分を見ると口元に赤いトマトソースがついているのが見えた。え?と思って二度見して鏡に問いただす。着いていたのは鼻血だった。慌てて洗面所に置いてあった紙ナプキンに感謝しながら血を拭う。待てよ、あの時も鼻血が出ていたっけ?いや、そうだ。この感覚は、あの時と同じ…。それに気付けた瞬間、目の前の大きな鏡にピシッとヒビが入って鏡に映る私は引き裂かれた。





それから夢を見た。はつみと楽しそうに散歩する夢。もうすぐクリスマスだね、年末ってイベントがぎゅうぎゅう詰めでお金がかかるよね、お正月とクリスマスが近すぎるから、お正月を旧正月に合わせればいいのに、とかって俯き加減に微笑みながらそんな話をしていた。ひゅるんと冷たい風が巻いて私たちは澄んだ空を見上げた。私は言う、どうせ寒いなら粉雪が降って欲しい。はつみが言う、そうすればホワイトクリスマスだね。


はつみがとととっと2、3歩弾むように前を行き、くるりと振り向いて見せる。


「ごめんね、お姉ちゃん。」


吐く息は仄かに白く、風に運ばれていく。謝ることなんか何にも、何にもないのにと私は言う。


「私も、生きたかったな。」


そう言うとはつみはそのまま背後の池の水面に身を投げて大きな水しぶきがあがった。だけどそれは存在しないかのように、何にも音はしなかった。目覚めた時には、見知らぬ天井を見上げていた。


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