珈琲 安堵 滋賀 LETS

何本目のタバコだろうか。山盛りになった吸い殻を乗せた灰皿は、灰を周囲にまき散らしながらテーブルの隅に置かれていた。見かねたマスターが取り替えに現れた。僕は小さく会釈をした。

目の前の彼女はまだ20歳そこそこだった。小さな十字のピアスを左耳にだけつけている。

30になろうかという僕はまだある言葉を切り出せずにいた。始まりは簡単だったのに、終わるのは何でこんなに難しいのだろうと毎回思う。毎回思うのに、また繰り返してしまう。

「あのさ」

2箱目の何本目かに火をつけたところで僕は口を開いた。彼女は俯いている。

「俺の友達の話なんだけど」
「うん」

「友達がささいなことを、本当にささいなことを彼女に言ったんだ。キャベツの芯だって食べられるのに、捨てるのはもったいない。あ、いや、これは例え話なんだけど、その程度の話を彼女に話したんだ」
「うん」

「そしたらその彼女は、なんだかその発言が気に食わなかった。怒るほどじゃなかった。彼にその発言の真意を聞くほど、問いつめたいほど心の温度が上昇したわけじゃない。わかるかな? その程度のザワついた心」
「なんとなく」

「その場の空気を壊したくなくて、彼との関係を悪化させたくなくて彼女は適当に聞き流したんだけど、その夜、彼女は男友達に電話をした」
「うん」

「キャベツの芯をうまく調理できる女になれってことなのかな?って彼女は男友達によくわからない質問をした。彼の真意を知りたかった。その質問は的を射たものなのか、勢いよくあがった凧の糸が空中で切れてしまうように的はずれなのか、それは誰にもわからない」
「うん」

「親友はその質問の意味がわからなかった」
「うん」
「なんて返答したと思う?」
「うーん」

黒いパーカーを着た色白の娘は少し宙を見上げてこう答えた。
「ひどい男だな、俺なら絶対そんなこと言わないよ」「そう、正解」
目の前の女の子は八重歯を見せながら笑った。

「男はなんでそんな返答をしたと思う?」
「その子が好きだったから」

「その通り」

「それが私と別れたい理由?」

「どこからが浮気だと思う?」

「女の子の相談受けちゃうとこ」

僕は白く丸みのあるカップになみなみと注がれた冷めたコーヒーを飲む。タバコは根元まで火が達し、今にも燃え尽きそうだ。

「制裁は?」

「手を出して」

僕は彼女に右手を差し出した。

その刹那、銀のフォークがテーブルの上に直立した。僕の右手を土台にして。

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