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人生が変わったこと、あるいは変えようとしてきたことについて

Hoi!まもなくベトナム戦です。いぬ氏も今日もお元気ですか。

まったくの偶然や誤配も含め、何かのメッセージを受け取ったことによって人生が(ちょっと)変わった経験はありますか

まず、早めに寝ようよwというところから。見てみたら2時くらいの投稿じゃんか。私は夜の家事の合間にちゃかちゃかと書いたのでちゃんと寝てますけど、忙しい仕事なんだから寝たほうが良いよと。とはいえ、寝起き悪かった本日ではあった。ムスメにじんましんの傾向があり、俺より妻が速攻対処してくれたので呆けていた悪夫です。

さて、また面白い質問をいただいた。人生が変わった経験ということ、その中でもなんらかのメッセージを受け取って、ということなんですが。

いくつか言いたいことがあるので、今回は箇条書きでそのうち関連することだけ厚めにいこうかな。

・メッセージを受け取った的なものでいえば大学受験の前。これは大きな転機だったのかも。
・高2のoasisとの出逢いもそれに匹敵するかも。
・あと、本題とはズレると思うけど、ガラにもないことをキャンペーン的に続けると人生は変わるというのは体験としてある(飛び込み居酒屋、ナンパ、コンカツなどなど)
・おまけ。大前研一の言う「変わろうとする心がけは無駄でしかない。時間配分を変えること。住む場所を変えること。付き合う人を変えることでしか人は変われない」は真実。(出典はググればすぐ見つかる)

<br>属性知らないと引用ゾーンに収まらないゾナ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶はてな記法充は危険。

職業については、いぬ氏のようにコピーライターに邂逅とか幸せなことはない。今まで広告屋とか出版もどき屋とか、人事やとか教育やとか、Webやとかくるくると変幻してきた俺は、むしろそういう職業への出会いをしたかったものだとつくづく思う。最近は、逆にそれって俺の性格的には仕事に対して思い入れ持ちすぎるのは罠だよ、と気づかせてくれた点でもあるのだが。

いぬ氏はご存知のように、コピーライターとは変な縁というか、コピーライター以上にその世界に踏み込んだ経緯のある俺だけど、広告屋になる前も、なってもその職業に対して憧れたり準備してきたりしてきている人がいるとはみじんこも思っていなかった。馬鹿にする以前に知りもしなかったということ。そもそも広告の商売の仕方(ビジネスモデルって言えよ)も知らなかったクソ学生だったし。

で、そんな俺を作った原点として枠内のことがあったりするわけです。お笑いものと思っていただけるポイントでしょうが、村上春樹小説を読んでいて早稲田文学部志望と上京することを思い込んだのでした。高3まで志望校も決まらず、偏差値もいまひとつだったけど、行きたい大学もやりたいこともなかったのでなんとなく適当な地方の国公立と関西の私大を受けていきましょうみたいな感じだったのを、春樹小説を読んで、出身が早稲田ということを知って早稲田行こうと思ったのだった。ちなみにこの程度の文学熱は進学してから特に思ったが熱狂偏差値60もないと思う。それが高いやつは大学院行ったり大手出版社行ったりしてたけど俺はそんなの無理だったので、まあ思い込みで運良く上京できたなという感じ。

もひとつ遡ると、OASISとの出逢いは青春にかなり大きかったと思う。その下地として田舎のケーブルテレビにMTVが入ってきたことがさらに大きかった。スペースシャワーでなくMTV。一時ブランド関係でvibeになりましたね。豆。

音楽遍歴はわかりやすくB’zから入ってハードロック系に行ってギターモノばかり聴いていたのだが、そのうち早弾き競争の音楽に疲れたというか、弾けないし自然と離れていった。大御所ではZEPからディープパープルからエアロスミスからヴァンヘイレンとか、もっとマニアックにはスティーブヴァイとかイングヴェイとか。最近聴くと意外と高揚していいんですけど。

高校生になったころにブリットポップ時代というのがやってきて、時は労働党政権、クールブリタニカで英国を世界に、という機運もあるなか、ブラーとオアシスが対決煽られたり、タケノコのようにいろいろと出てきたわけだ。パルプ、スーパーグラス、メンズウェア、シャーラタンズ、ちょっと前には源流的なストーンローゼスとか。そういう「歌モノ」が日本でも大いに流行しつつあった時代。(流行、といっても局所的だろうけど、それでもプチヒットしてこれらのバンドが当時10万枚セールスもあげていた時代なので、いやあ隔世の感ですね)

オアシスはその中でも理由なくハマった。セカンドアルバム「モーニンググローリー」を兄貴がなんでか北海道土産の輸入盤でくれたんだが、それを冗談じゃなく数千回は聴いたと思う。最初の最初からのファンではなかったが、セカンドの先行シングルだった「Roll with It」のPVが大好きでなんかそこからハマっていった(昔はプロモーションビデオと言った。今はMVか)

後にも先にも、テレビのボリュームをMAXにしたことはその曲を聴いた時以外ない。当時存命のばあちゃんが驚いた記憶がある。耳が遠くなっていたのにw

ということで、イケ◯ヤさんじゃないけど、私にとってのロック=OASISとなり、今ではだいぶ薄まったけど、ああいうふざけたロックバンドの感性が行動規範というか、アティチュードとなったのでした。これは、人生には彩りは与えてくれるかもしれないけど、資本主義社会まっしぐらな今には逆風感あるというか、効率よく無駄なくやっていくことが価値みたいなのには馴染まないのよね。ホウレンソウが大事でコンプライアンスとビジネスマナーが世界を構成していますみたいなのが全世界を覆うと感じてしまうと息苦しいし生きづらくてしゃあないと去年までずっと思ってました。はい。最近は結構憑き物が落ちて宮台真司の言う「なりすまし」を生きられるようになりつつあるのかなと感じています。

(これもメッセージと言えるかわからないが、宮台センセとはメディアを介してその後はリアルにお会いできて少なからず人生が変わったかなと思っている)

いつもどおり好き勝手書いたけど、メッセージを受けて人生変わったなというのはまあ、春樹経験なのだとは思うのだけど、俺にとってはもうその後の流れはよくわからなくなっているので、必然のようにも思えるわけです。高校生のそれまでは自己評価では、真面目すぎてつまらない不良に絡まれたら終わりと思って不良とは付かず離れずで仕事は安定した何かに就て転職なんか想像もしないで誰よりも先に結婚してルールを守る日本人とか自己定義してました。人から見たら違ったかもしませんが。

それよりも、今の自分の生活の根幹は、大前研一の実利的すぎるアドバイスを結果的に愚直に実行した結果に変わった流れ(運命?)がもたらしてくれたものと思いますね。わかりにくい文章になりましたが、いろいろあれこれ流れに身を任せた結果、思いもよらない人と知り合い結婚して子供まで授かったというのは、誤配とはまた違うけど人生変わったと思ってます。キャリア論の専門では使い古されつつあるがプランドハプンスタンスと言いますね。

さてさて、ネットでありがちなテーマになってきました〜次の質問は

いぬ氏がこれまでキャリア形成で心がけてきたことはありますか。リンク先のものに倣っていてば「自ら偶然の出来事を引き寄せるよう働きかけ、積極的にキャリア形成の機会を創出する」ようにしてきたことはありますか?

こんなことを書いててなんだけど、長らく組織論とかキャリア論に浸かってきた自分はかなり経営学も心理学にも冷めてきています。この頃。どんな風に生活して生きたいか、をウソなく考えて行こうとしたら、半端なビジネスマンがアカデミックに偏りすぎることは趣味にならなかったら重荷にしかならないと明確に意識するようになったの。俺は家族への義務と少しばかりの愛情を除いた私的な領域ではカネとサッカーとまちづくりだと思ったのでとりあえず。データサイエンスだって質的心理学も社会構成主義ももちろん面白いのですけどね。ではDag.

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