【論文レビュー】日本型ワーケーションの効果と課題:田中,石山(2020)
いまのところ一番まとまっているワーケーション関連の論文としてこちらを精読してみむ。なお最後のコメント以外に、文中(※)の点は私見メモが入っている。もしくは末尾でのコメントを行っている。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jafit/27/0/27_113/_article/-char/ja
Abstract
目的
先行研究のレビューと日本特有の状況を取り込んだうえでワーケーションの分類と再定義を行うとともに、ワーケーションに関するそれぞれのステークホルダーごとの期待や課題について明らかにする。そのうえで、日本型ワーケーションの今後の方向性を考察し、学術的議論と実務的な活用に資することを目的とする。
サマリー(精読ぎみ)
普通はこんなに丁寧に読まないが、限られたワーケーション論文かつ規程になる内容と思われるのでそうした。なお、引用文献の記載はリンク先論文内にあるので割愛。
1.はじめに
ワーケーション…「仕事(work)と休暇(vacation)を組み合わせた欧米発の造語であり、テレワークの活用などにより、リゾート地や地方等の普段の職場とは異なる場所で働きながら休暇取得等を行うもの」(天野、2018 p2)
欧米において、ワーケーションという概念は、むしろ否定的な文脈で実務的に紹介されてきた。
欧米でのワーケーション概念を包括的にレビューしたPecsek(2018)によれば、ワーケーションに関する学術的蓄積は不十分である前提ながら以下の指摘がある。
実務的には、ICT(情報通信技術)の発達により遠隔地の休暇中においても仕事ができるようになったが、このような状況は、仕事と余暇の不安定さを惹起し、個人のストレスを増大させ、仕事自体も非効率になるという批判につながっている。
日本ではワーケーションはむしろ肯定的。
欧米よりも広義に概念を捉え、個人・企業・地域・関連事業者の4種のステークホルダーが肯定的な観点に期待している。
問題点:ワーケーションに対する各ステークホルダーの理解が多様で「同床異夢」的。
この状況のままだとワーケーションの発展前にバズワード化して流行に終わってしまう懸念もある。
2.日本型ワーケーションの勃興の背景
天野(2018)によれば、ワーケーションという言葉自体はワーケーションという言葉自体は2010年代前半からBBC、ニューヨークタイムズ、フォーブス等の欧米の主要メディアで報道されるようになった新しい概念。
日本の企業における初期のワーケーションの代表的な導入事例としては、日本航空㈱の事例がある。2017年頃のこと。
和歌山県が全国の自治体に先駆けて取組開始。2018年頃。
2019年にメディアのワーケーション注目は加速した。
東京オリンピックに向けた「テレワーク・デイズ」に関連して、働き方改革の新しいスタイルとして紹介されはじめた
地方自治体が積極的にワーケーション受け入れ地としてPR強化。
2019年7月には「ワーケーション全国自治体協議会(WAJ)」が立ち上がる。(和歌山県、長野県主導)
ワーケーションが注目を集める背景として
企業における長時間労働の是正と休暇取得の推進。
若年層を中心にした就業観の変化、人材不足もあり、魅力ある制度提供が人事戦略上も重要に。
ワーケーションを行う環境としてのICTの進化、それに伴うテレワークの普及。
地域における関係人口創出・拡大への期待感の高まり。
(※メモ:コロナ禍で加速はしたがすでにそれ以前に試みはあった状況ということだな。)
3. 日本型ワーケーションの定義と分類
3-1 先行研究レビュー
ワーケーションという概念が新しく、国内外における研究の蓄積は非常に少ないが、以下の内容がある。
ワーケーション制度の概要や地方自治体の視点から政策について論じたもの。(※(天野,2018)では和歌山県事例。勃興期のマスター論文めいたもの)
実際にワーケーションや休暇中に行う仕事の効果や休暇の満足度に与える影響等について論じたもの(※(Pecsek,2018)や(Nawjin,2014)など、産業心理学系な感じ)
メディア学、社会学の視点からワーケーションの動向について研究したもの(※(松下,2019)は、社会学的観点からの考察を実施し、ある種独自的)
3−2 国内におけるワーケーションの定義および解釈の実態
ワーケーションは学術的な研究の蓄積が十分でなく、我田引水的なものも含め、多様な定義と解釈が既に一人歩きしてしまっている実態がみられる。
(※各社さまざま。それぞれの立ち位置によって従業員重視か地方重視かなどある。この点を踏まえて次の項目で筆者らは日本型の定義を試みる)
3-3 日本型ワーケーションの定義
欧米型の定義と比較して3点の差異から定義を試みる。
ワーケーションに対する評価
ワークスタイルの変革に対する観点
雇用者に対する観点
定義構築の要点として以下を踏まえる。
「個人にとって価値があること」
「ツーリズムとワークスタイルの観点を含むこと」
「雇用者が対象として重視されること」
導き出した日本型ワーケーションの定義としては以下。広義と狭義と設定。
3-4 日本型ワーケーションの分類
フリーランス型は多様で柔軟な形態が実現するのでさらなる分類はなし。
雇用者は3通りに分類できる。
「休暇活用型」は日本航空㈱のケースにあたるもので、日本におけるワーケーション勃興のきっかけとなった類型。有給休暇の取得促進などに効果があるとされる。
「日常埋め込み型」は、リゾートのサテライトオフィスや、場所を選ばないテレワークを代表例とする類型。日常的に、個人にとって、仕事と余暇の物理的・心理的距離が近くなる。コアなしフレックス制度の運用を軸とした、近年一部の先進的な企業において取り入れられている働く場所や時間が一定程度従業員に委ねられる仕組みは、この類型に包含される。
「ブリージャー」型や「オフサイトミーティング」型も、欧米型とは異なったかたちでワーケーションとして取り扱われている。
従来から存在した、部署単位などで行われる持ち出し会議や研修旅行を含む分類も、同様に個人が価値を認めて主体的に参加するのであれば、結果的に企業と地域に資するという点で、日本型ワーケーションの定義に属するものとなる。
(なお、総務省等の予算での地方自治体のワーケーション関連事業の多くは「ブリージャー型」や「オフサイトミーティング型」も要素を含んでいる。)
ワーケーションの進展の経緯から、「休暇活用型」が注目されている面もあるが、むしろ「日常埋め込み型」こそ、働く場所や時間が従業員に委ねられる柔軟な働き方の実現を促進することから、今後のワーケーションの中核になっていく可能性がある。
4. ステークホルダーへの影響と課題
4-1 4つのステークホルダーの位置づけおよびワーケーションへの期待効果と課題
ワーケーションの主なステークホルダーは、①制度を導入する企業 ②利用する社員(個人) ③利用者を受入れる地域と行政 ④ワーケーションに関連した民間事業者 の大きく4つに分けることができる。それぞれに見ていく。下図はまとめ。
4-2 導入する企業
働き方改革への対応、特に年次有給休暇の取得促進への効果が期待される。
社員のウエルネスの向上や健康経営の視点、環境を変えることでクリエイティブな発想が生まれやすくなるなど、さまざまな効用が期待できる。
効用が期待できるにもかかわらず、実態としてはワーケーションを企業として制度化する動きは加速されていない。その理由として、導入にあたっての労務管理や情報セキュリティ、プロジェクト管理などのマネジメント上の問題と、社内外の手続きの煩雑さやコンセンサスを形成する際のハードルの高さに見合った効果が期待しにくく、企業側の導入インセンティブが低いことがあげられる。
4-3 社員(個人)
旅行に行くためだけでなく、ボランティアやプロボノ活動、日常の組織を離れた越境的な学習、副業や複業、趣味の活動まで、自律的で自由度の高い働き方を実現しやすくなり、働き方の選択肢や地域での活動機会などが大きく広がるメリットがある。
ワーケーションは、現時点では制度に対する理解が充分でないこともあり、必ずしも個々の社員は肯定的に捉えていない。
筆者(田中)の独自調査、正規雇用者120名を対象に行った調査の報告。端的にいえば、玉虫色。
4−4 地域・行政
ワーケーションは現在、国が推進している関係人口の創出・増加や地域創生、地域活性化、テレワークの推進などさまざまな施策とリンクしており、ふるさとテレワーク事業や移住交流促進事業などとの親和性の高いものとなっている。
2019年11月には、和歌山県、長野県が中心となり「ワーケーション自治体協議会(WAJ)設立。
65自治体(1道6県58市町村)が会員として参加。
期待の背景には、関係人口の増加の効果と合わせて「ふるさとテレワーク事業」等の実施自治体がシフトしていることも見受けられる。
特に和歌山県はワーケーション先進県としてのブランド化を進めており、ワーケーションを目的とした来県企業数が県の情報政策課把握分だけでも2017年度に24社、2018年度に25社、2019年度は12月末の時点で38社となるなど、ワーケーションを切り口とした関係人口の増加に一定の成果を上げている。
一方で課題もあり。
地域におけるプロモーションは、「オフサイト会議やグループでの研修スタイル」のタイプが多くみられる。
集客の効率化や観光産業特有のシーズン波動の解消といった点からは理にかなっているが、実際に企業側の実施インセンティブは高まっていない。
個人にプロモーションシフトしても、積極的な対象者は自分にフィットした「コミュニティ」を求める傾向が強い。箱モノ施設を中心とした事業展開の限界が見られる。
したがって「場」としての魅力に加え「人」や「コミュニティー」の存在を高める仕掛けづくりや先進的な企業のサテライトオフィス誘致などを積極的に進めなければ、ワーケーション事業に参画する地域が増えていく中で厳しい競争を強いられる可能性が高い。(※)
4-5 関連事業者
シェアオフィスやコワーキングプレースビジネスを展開するデベロッパーや不動産業界、リノベーション関連業界、ICT等のインフラ、通信事業者、ホテル・リゾート業界、研修や人材紹介、人材斡旋に至る、など多岐にわたる多様な業界が事業拡大のチャンスを窺っており、市場の拡大が見込まれる。
都心部や郊外にもコワーキングスペース急増やサブスク型のコリビング事業など新業態や星野リゾートなど大手の参入もあり競争激化に。
地域のコワーキングスペースも、アーリーアダプター層が中心の様相。今後マーケットが拡大していく中で利用者の拡大による営業収益の確保と利用者のスクリーニングによるコミュニティーの質との維持の相反する課題に直面する可能性が懸念。
5.考察と今後の課題
5-1 考察(と意義アピール)
ワーケーションはまだまだ発展途上の概念であるため、4つのステークホルダーが異なった期待を抱きながらそれぞれの観点でワーケーションを解釈し、事業を推進してきている。
本論文の2点の理論的意義を指摘する。
第1の意義は、学術的蓄積が十分ではなく、特に日本で4つのステークホルダーがそれぞれの立場、役割から多様な定義を行っているワーケーションを、日本の実態に則し、日本型ワーケーションとして定義し、分類したこと。
狭義の定義において、「休暇活用型」だけが類型ではないこと。
「日常埋め込み型」が柔軟な働き方として発展するポテンシャルがあること。
日本の特異な展開である「オフサイト会議・研修型」も定義に含まれること、を明らかにできたこと。
第2の意義は、4つのステークホルダーの間に、ワーケーションの推進に向けた意識のズレと大きな温度差があることを明らかにしたこと。
関係人口増大という地域・行政と、企業との溝は大きい。企業はテレワーク導入と定着に加えて、労務管理上の問題を解決するという壁がある。
実際に制度を利用するボリュームゾーンは大企業を中心とした都心部の社員と想定されるので、大きな壁。
今後の定着のポイント。それぞれの立場と制約を相互理解のうえ、ステークホルダー間にて関係を築く必要がある。
従業員→自由度高い制度運用
企業→安全配慮義務など労務管理および情報漏洩の防止
地域→テレワーク政策との関連や地域間競争を視野に、持続可能な施策推進とすること
5-2 今後の課題
今後は、エビデンスに基づくワーケーションに対する総合的な評価ができるよう実証的な研究が行われることが重要。
今回の日本型ワーケーションの定義をきっかけに、地域活性化のみならず働き方や価値観の多様化への対応といった観点からも、実務家を交えた活発な研究や議論が進むことが期待される。
コメント、示唆
箱モノでない、人的つながりが重要になるという観点
自分の立場としては、地方創生、地域活性の観点からのワーケーション活用を研究したいので、"「場」としての魅力に加え「人」や「コミュニティー」の存在を高める仕掛けづくりや先進的な企業のサテライトオフィス誘致などを積極的に進めなければ、ワーケーション事業に参画する地域が増えていく中で厳しい競争を強いられる可能性が高い。"という箇所はポイントかなと感じた。
場づくり、人、コミュニティという観点からは、ファシリテーションとかコミュニティデザインとか組織開発とか、そういう点がキーになるものとも思える。
都市工学の観点からは、どのような知見と組み合わせられるだろうか。居場所論とか示唆があるかもしれない。
労働に関する「イノベーション」が求められるという観点
ワーケーション本を読んでいると、ワーケーションという仕組みをいかにつかいこなせるか、という活用者および企業のリテラシーが大切だという点が言われている。自律した働き方とそれをマネジメントする企業とか中間管理職がポイントになるんだということ。
文中に記載があるが、実際にワーケーションを利用するボリュームゾーンは大企業を中心とした都心部の社員と想定されるということで、大企業側の人事戦略として自由と責任をセットにして成果主義的に個人の裁量権を高めるということが必要なんだろう。企業文化の問題にも繋がり得るなと思う。
ヤフー、メルカリ、楽天?とかのIT大手とかと旧来型の終身雇用中心だった大企業(日本の「一流企業」)とでも差があるだろう。ヤフーはどこでもオフィスって昔からやっていたし、出来得る限りの自律推進施策を推し進めていた。
JR東日本の友人にきくと、自分らも施策提供者ということもあり、通勤範囲はJR東日本圏内でほぼ無制限!?になったり、ワーケーション手当も支給されているみたい。活用状況が気になるな。
JRは別にしても、製造業とかの大手はどれだけ活用しえているんでしょう。ユニリーバはWAAを人的資産開発(花田)として展開していて、立ち上がりはよくわからないが、たぶんトップ裁量で動かしていけるでしょう。外資系ならでは。じゃあ、丸の内大手町系の会社はどうなんでしょう?NTTは通信だし、結構積極的と聞くけど。
合宿文化はIT企業には根付いているので、著者ら的には不本意かもしれないが「オフサイト会議やグループでの研修スタイル」というのは、いままでやってこなかった旧来型の大企業とかにはいいかもしれないと思います。
究極的には
森永卓郎のこの本で書かれていたような資本主義社会からの疎外への抵抗、という観点から会社依存のマインドを変えて生きていくというドライな心性をはぐくむことがワーケーションだろうが、働き方を拡張することになるんでしょうと思ったこと。基本、ブルシットジョブなんで、システムから逃れるレジスタンス!なんじゃろう。(不真面目)
今後の研究は…
基本的には地方創生/関係人口創出に資するワーケーションを検討することが自分の方針。
地方自治体の狙いとアクションをまとめて、受容のされ方とか活用者のニーズとの合致を見ていくのは必要か。
どこかのフィールドで、活用者の属性をもとにそれぞれの立場からの活用形態を質的に見ていくのはありかなと思われた。インタビュー、アンケートもあるだろうが。
フリーランス的な人の活動をイメージするが、大企業の活用がレバレッジになるのであれば、やはり企業側の取組をもとにした地方創生の切り口をある程度研究する必要はあるだろうなあ。
あまりやりたくないが、地域課題解決の協業系の座組は特徴的なのでやらんとなぶつぶつ。
和歌山県の戦略は企業とパイプをしっかりともっていこうとするもので妥当だよなと思う。
沖縄県、長野県はAirbnbと包括協定しているようなので、狙いと座組をしっかり抑える必要がありそう。
まだまだRQをガッチリするには3合目くらいなイメージ。。
次回は、類型化の議論をまとめてみるかな。観光庁とか長田とか、この論文以外にいくつか類型があるので分け方と観点を整理しておきたい。
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