推したちとの夏

推しのライブに行ってきた。やばいやばいやばかった。二年間、実在してなくてもおかしくはないと思いながら、推してきたヒョンジン君は実在していた。それも、めちゃくちゃ綺麗だった。歯とかまで綺麗だった。

アリーナブロック最前という謎の神席から、8000円でレンタルした防振双眼鏡で覗き見たヒョンジン君の歯は、本物の真珠のように白く美しかった。鼻も食べられそうなくらい可愛かった。輝く顔面と、爆裂存在感で、宇宙の神秘を感じるほどに、美の集合体だった。彼は最後の細胞まで黄金比でできていると思う…タンパク質からしてそこら辺の人間とレベチだった。発光しながら、何かを発しながら存在しているヒョンジン君は、本当に綺麗だった。私が二年間妄想し虚妄に次ぐ虚妄で手垢をつけまくった彼は、こちらが想像していたよりもずっと、無垢で穢れの無い美しい動物だった。邪な目で見てしまい、大変申し訳なく思っている。土下座するから、ヒョンジン君は出来れば、土下座する私を苦笑いしながら見ていてくれないか。
穢れの無いヒョンジン君は、瞳を閉じるといつもここ(我網膜)にいる。ありがたい。

平日夜に開催されるライブに参加するために、新幹線の距離に住む自分の親に子供を預ける算段で、チケットが当たる前から平身低頭のお願いをしていた。わたしの親はいい人だが、なんだか頼りない人で、幼少期のヒョンジン君の写真を見て「あらあ、髪の毛切ったのね」と孫と間違えるほどふんわりとしか孫の事を認識していない。孫のサイズ感も私の年齢も自分の年齢も、大体の事がふんわりしている。そんなふんわりばあさんに、孫とは言え、うちの男児ふたりのはじめてのお泊まりを任せられるのか、孫より全然ふんわりばあさんの方が心配だった。その日が近づくにつれて、ふんわりばあさん本当マジでやばいかもしんないなの思いは強くなる。

長男は、2回寝れば帰ってくるのね?と日に何度も確認してくる。次男は何にも考えてない。考えてなさ過ぎて怖いくらい何も考えてない。犬とかより状況を把握するつもりがない。ふんわりばあさんに至っては、最近のコロナの状況と、孫二人の面倒大変かもと思い当たったのか、もう来ないっていうのはどう??とわたしの圧ド無視の提案をしてくる。夫は山へ芝刈りにがなかなか忙しい。
おいおい、わたしはヒョンジン君に会いたいんだよ…今しか無いんだよ、もう次はないんだよ。今!今!今なんだよ!!韓国アイドル、想像以上に消え物でびびってんだよ、こっちは。ストレイキッズとしてのヒョンジン君しか推せないんだ、今しか無さ過ぎるんだよ…今しかない、明日まで走っても今しか無い。

夏休み直前で、コロナが出てしまい、次男の幼稚園は休園となった。エアコンのない幼稚園で、保育中のマスクは自由となっている。休園明け夏休みまでの二日間、次男は幼稚園を休ませることにする。
「実家に帰るので、用心したくて…」と、幼稚園に嘘はつかなかった。
「ヒョンジン君見たいから、お休みね。」と、子供にも嘘はつかなかった。

公演直前の土日に予定していた友人との約束もドタキャンした。
「ヒョンジン君見たいから行けない」というクズ理由に、「うん、コロナ心配だもんね。わかった!じゃ、リスケだ!」と返ってくる。この女、この世で一番神、親より神。

絶対、ヒョンジン君を見るために、誰もコロナになるわけにはいかなかった。もう、こうなったら全員巻き込んで思った通りにやるしかなかった。頑張ってきたのだから、少し報われても良い。絶対良い。親に預けないなら、幼稚園休ませないし、友人との予定もドタキャンしない。できることはやったと、もう一度「子供を預かってもらえないか?」と親に頼むと、

「笑 判断してる笑 いいですよ笑」と返ってきた。

「おまえ、何回笑うんだよ、おい。」の気持ちを飲み込み、
「ありがとうございます笑」とへこへこする。

どうにかこうにか無事、実家に子供を預け、ライブを鑑賞し、再び実家に戻ると、親が「わたしは初めて怒ったよ、孫を。これを毎日一人でやってるあなたに、怒るななんてって言えないわ、もう。えらいわねえ本当に。」と、私が今かけてる迷惑以上の経験をしたようで、謎に褒められた。

普段、親に頼らず子育てをして、頑張っているんだから、こんな時くらいは頼っても良い。親の、わたしの後ろめたさすら、すくい上げてくれるような言葉に、胸が熱くなる。

事の顛末を尋ねると、帰宅の遅い夫に語り聞かせる時の私と同じテンションで、彼女は語り始める。

「初めは良かったんだけど、中盤から上を下への大騒ぎのケンカをずっとしてて、大きい方も小さい方もどっちも悪いからなんかもう訳が分かんなくて、極めつけが風呂の洗い場で小さい方がおしっこしちゃって、ちょっとわたしは、頭に血が…『なにやって、てってあじょあfyはfじゃhkfじゃk!!!!』ってなっちゃって。怒っても孫の方がうるさくて声届かないし、彼らが寝た後の静寂がむしろ、怖かったわ。本当にすごい生き物。かわいいだけでは、無理なほど、疲れた。これ毎日するの普通に無理。で、ヒョンジンくんどうだった?!きれい?!!あなたってヒョンジン君産めるの??」といったような事を、ほぼ一息で言っていた。

大変な事を任せてしまったという自責と、理解してもらえた安堵と、最後ちょっとディスってくんの何、というなんとも言えない気持ちになった。

「ヒョンジン君が生まれた時、わたしは14歳だから、色々ギリギリなところかなあ」と答えると、
「ん、じゃあ、大丈夫だし、ちょうど可愛い頃合いね」と、ディスりつつも、やはり私の後ろめたさをなんとく半減させるような事を言う。

なんだかんだで、めちゃくちゃ感謝だし、この人に私は育てられたんだなーと同時に、私の最初の愛憎たっぷりの推しは、この自分の母親なんだよなーと、思い返したりする。

次男は、ふんわりばあさんをもビビらすおしっこ漏らし野郎であり、私もほとほとに困っている。ふと時々、まあまあ頻繁に、日に二回漏らしてしまう日さえある。一度でお腹たぽたぽになるほど水を飲むし、ずっと油断している。

そんな、油断おしっこ漏らし野郎にも、夢はある。

「なんかしろのヒーローになる」という、夢が。

毎日の壁のぼり、逆立ち、飛び蹴り等の鍛錬は欠かさない。「なんかしろのヒーロー」にはなれるという自信があるようだ。長男が「シン・ウルトラマン」を観にいき、その内容を説明しているのを静かに聞いていた次男は、「ぼくもみにいきたかったきがする」と、後日ゆっくりと教えてくれる。 


なので、夏休み特別企画として昨年に引き続き今年も「ウルトラマンショー」を観に行くよと伝えると嬉しそうな顔をした次男が、「ウルトラマンショー」の最初からおしっこしたいなあと思っていて、終盤いよいよウルトラマンデッカーが敵を倒す場面直前で、「もうおしっこがもれるよ」とゆっくり教えてくれて大急ぎのトイレ退場をして大事なところが見られなかったなんて、お母さん悔しすぎて、奥歯を噛んでも噛んでも納得できないでいるよ。

一人で、最後まで見た長男にデッカーはどうやって敵を倒したのか聞いてみると、「そこは覚えてないね、感動はしたけどね」と、泣くのを我慢している表情で教えてくれた。

私が見た限りのウルトラマンは今年も、地球人なら全肯定だった。手を振れば振り返してくれる、指差しの極上のファンサをくれる。最高だった。とっても満たされてしまった。

儚さを売る韓国アイドルより、今年も、そして来年も全肯定してくれるだろうウルトラマンを推せれば、幸せなんじゃないかとよぎる。

そうだ、ファンサをもらえてもおかしくないアリーナブロック最前にいながら、ヒョンジン君からのファンサはもらえなかったんだ。くそぉ、もう無いのにこんな神席来るわけないのに…悔しい奥歯を噛んでも噛んでも悔しい。あんなに必死に手を振ってバカみたいだよ。高1の時に生まれた子に手を振ってもらえなくて、かなしいなんて、世も末だよ。ファンサくれる人推したい。ヒョンジン君にファンサされて、ヨントン(オンライン通話会)したら、もう絶対すぐオタやめてやんよ。と、謎の誓いまで立ててしまった。(ファンサもヨントンも一生経験出来ない可能性高くてウケる)

ウルトラマンがもうちょいロン毛の塩顔クセなし鼻の小顔だったらなあ…

(結果的に、全員に対して、土下座じゃ許されないレベルの侮辱で大失礼)


二日ぶりに実家に着くと、次男よりも先に、長男が抱き着いてくる。
「大きい方のが、実はずっとさみしかったはず」と、ふんわりばあさんが言う。
長男の真に迫った様子を見て、次男が私に登ってくる。
「小さい方は、まあ大丈夫よ」と、ふんわりばあさん。

二日ぶりに顔を見た息子らに「ただいま」と言う、
息子らが、私の顔を見て「おかえり」と言う

これ以上のものがあるはずがないんだと、わたしは知っている。

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