【小説】君の夢
僕の毎日は、同じことの繰り返しではない。昨日はマイナンバーカードの申請をしたし、今日は久しぶりに掃除機をかけた。クリアしたゲームは、フリマアプリに出品したし、1週間前よりも部屋は綺麗だ。
僕の毎日は、全く同じことの繰り返しではない。だけど、ありきたりで、つまらない、似通った日々が続いていると思う。2度の留年を経て、新卒で入った会社は1年で辞めた。人間関係や、1000円以下の時給に耐えかねて、アルバイトは1年以上続かず、10以上、職を変えている。アルバイトがない日は、部屋に篭り、スマートフォンで動画を見ている。今月で、残りの貯金は無くなる。
動画の中の君は、21歳になったらしい。僕は27歳。遥か遠くに見えた、30歳の自分も近い。30歳になった僕は、もちろん仕事に就いて、もしかしたら結婚してるかも知れないと思っていた。子どもの頃の僕は、自分が働くことに不適合な人間であることに気づいてなかった。
「今日の22時から生放送だよ。みんな来てね。」と君は言った。急に、僕の時間が遅くなったの感じた。22時が待ち遠しい。僕は、2年前から、あるアイドルを応援している。
僕は、働くことが、長時間労働が怖い。そして、お金がなくなるのが怖い。将来のことを何も考えたくない。だけど、君が、動画サイトで配信する間だけは、僕は僕でなくてもいい。僕は、君のことを応援する集団の一部になる。僕の気力は、君のパワーや夢と一体化する。しかし、君の放送が終わると、僕はただの僕になる。僕が僕であることを忘れさせてくれる君が好きだ。だけど、君と同じ時間を過ごせなくなると、楽しかった気持ちが消え、希死感が生まれる。
もしも、僕が僕でなかった妄想をする。27歳の僕は躓いているけれど、躓き始めたのはもっと前だった気がする。小学生のとき、転校をしなかったら、転校先でいじめられることはなかった。中学校のとき、勇気を出して、何か部活に入っていれば、1人ぐらい友達ができたかも知れなかった。高校も自分の学力よりも少し下の学校にいっていれば、一目置かれる存在になれたかも知れなかった。入学試験で失敗しなければ、志望校に入れていたかも知れなかった。大学でうつ病にならなければ、就職を諦めなければ、今も職に就いていたかも知れなかった。ずっと躓いているからこそ、ifを考えるからこそ、僕が僕であることが嫌になる。
僕は片親で、母と妹とはほとんど会っていない。母と父の離婚の理由は、父が警察に捕まったからだ。執行猶予がつき、拘置所留まりだったけれど、母は、父と離婚をした。父はトラックの運転手をしており、「職場で人を殴り、捕まった」らしい。これは父が僕に話した逮捕理由だが、僕は父が捕まった本当の理由を知っている。父は「下着泥棒」で逮捕されている。母が父に送るはずのメールを「誤って」、僕に送ったことから発覚をした。父は、僕が本当の理由を知っていることを知らない。僕が成人したら打ち明けるのかと構えていたが、父は、墓場まで持って行く気なのか、話してくれなかった。父が話さなければ、それはそれでよかった。
父は僕とはバイタリティが違う。父は逮捕されたものの職場で復帰を待ち望まれ、結局は復帰しなかったものの、すぐに新しい職に就くことができた。
執行猶予がついていようとも、働くことができるひとは、働けるのだ。僕は前科もない。若く有利だ。それでもまともに働けない。
「お金がなくなりそうなので、お金を貸してください」と、父にメールをした。
「了解」と、父から返事があった。
僕は、父に30万円ほど借金をしている。父は僕を金銭面で甘やかしているが、今、僕が突然事故に遭って死んでも、悲しまない気がする。父は、何事も運命だと考える人なのだ。僕はかつて、やる気に満ち溢れていたときは(具体的に言うと、高校3年生の受験シーズン)、父親なんかに頼りたくないと思っていた。父のような人になりたくなかった。しかし、父は過去の素行はどうであれ、働けるのだ。それは、尊敬すべきことなのだろうと思う。
妹は今年11歳になる。父は、毎月欠かさず養育費を払っていることを誇っていた。父は妹に会いたがっているが、母は、妹に父を近づけることはないようだった。僕は、妹と会おうと思えば会えるのだが、母に就職のことを聞かれるので、会いにくい。
父から電話がかかってきた。今日は父の夜勤の日だった。僕は、父が眠る前に、父の家にお金を借りにいくことになった。お金を借りることは、やる気のない僕にも、ストレスがかかる。ノートのページを破り、借用書を作って持っていたが、父は「どうせ返さねえくせによ」と言った。「必ず返すよ」と僕は言って、足早に父の家から出た。
その夜、君の生放送を見た。
「みんな来てくれてありがとう」と手を振る君は、いつもと変わらず、綺麗だった。
生放送は僕の最大の娯楽であり、生き甲斐であった。
「今日はいい知らせがあります。なんと!ライブ出演が決まりました」
「おめでとう!」と、みんなと同じように僕はコメントを打った。君が夢を叶えると、僕まで夢を叶えた気がした。
「みんなにお願いがあるんだ」と君は切り出した。
会場で手売りするCD の製作費、衣装代を君にお願いされた。君は普段お金を要求することはなかった。そんな君が初めてお願いをしたことで、ライブ費用を僕も出したいと思った。
「きちんとみんなに還元します」
動画配信サイトの投げ銭制度を使い、5000円を出している人もいた。きっとこの人はしっかりと働いていて、君を支えることをできる人なのだろう。僕も父のお金から、1000円を君に送った。その1000円は、どれだけ辛い思いをして稼ぐものなのかを知っている。それでも人の金を娯楽に使ってしまった。
君の「ありがとう」の一言に、僕は、今まで以上に「僕」でなくなった気がした。
1億円欲しいです。