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思うより、人の善意に鈍感

ミョウガを収穫しました。

大きめで丸いのはほとんど人にあげ、
自分ちのは、細くて小さいのばかり。

見栄を張ってるつもりじゃないけど、
家庭菜園の野菜って、売ってる野菜より
かなり面倒くさい。

泥や虫や、予期しない傷み、などなど…

気持ちよくもらってもらいたいし、
使ってもらいたいから、
出来るだけ、すぐに使ってもらえそうな
子たちを差し上げる。



畑をする前は、
何度か野菜を頂いたこともあった。

「食べきれないから良かったらもらって。」

野菜を頂くのは、シンプルに助かるし
自分を選んでくれるのも、嬉しい。

でも、向こうは食べきれないのだし、
こっちも協力してやるか、的な
すごく傲慢な自分もいた気がする。

(もちろん、お互いに
WIN✖️WINだから、問題はないのだけど)


あの野菜たちは、
実はとても選抜された子たちで、
手間をかけて育てた上、
綺麗にすぐ使える状態にしてくれていたのだ

自分がその立場になって、
初めて相手の善意に気がつく。

きっと、他にもたくさん
誰かの善意に気がつかないで
生きてきたし、
これからも生きていく。

こんな私だもん、

被災も、病気も、障害も、
自分がその立場にならないと、
きっと私はその気持ちが分からない。

その人の生活を想像するしかないけど、
それもしんどいからちゃんと
想像できない。

50年も生きてきて、これだもん。
参っちゃう。

みんなはもっとちゃんとしてるよなぁ



小さなミョウガは、ひたすら刻んで
ナムルを作った。

これが、バカうまっ

滅多に料理の感想を言わないオットが、

「ウマっ」

と、唸った。

昨日は、
何だか嬉しい出会いもあって、
平日なのに、ハイボールを飲んでしまった。

人生の後半で、
今まで気がつかなかった事に
気がついていくのって、
嬉しいけど、切ない瞬間だな。

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