絆創膏

「いらっしゃいませー!」
騒がしいとも言えるボリュームの声が店内に響く。
午後9時。
バイトしている居酒屋の店内にはそこそこお客さんがいる。
12月24日の午後9時。
今日飲みに来るならもっとオシャレなところで飲めばいいのに!
うんざりしながらジョッキを洗う。
クリスマスイブにバイトを入れたらイライラすることは目に見えていたのに、暇だし、ネタにしようと思ってシフトを入れてしまった。
楽しそうなお客さんを尻目に私のテンションは下がる。
「だれか表出てー!」
店長の声に返事をして、注文を取りに行く。
今日は甘いお酒の注文が多い気がする。
カップルで来店する人が多いからだろうか。
「またカルーア?みんな好きだなぁ。」
注文を伝えると篠原さんは文句をいいつつ、見事な手際でカルーアミルクを作っていく。
篠原さんは一緒にバイトしている大学生。居酒屋でのバイトが似合わないタイプの男の子って言えば大体のイメージは伝わるだろうか?
ちょっと線が細い、真面目な大人しい感じ。体育会系男子と正反対のところにいるような人だ。
「クリスマスイブですからねぇー。」
少し低い声を出して、カルーアミルクを受け取る。
「なんだよ不機嫌なのか。」
「違いますもん。篠原さんは明日デートですもんね。」
ブスっとしながら言い返す。篠原さんは一瞬驚いて固まり、でもすぐにはにかんだ。
その表情ずるい。
「からかうなよ。あ、ついでにポテト上がったから持っていって。」
「了解です。」
篠原さんは私が篠原さんのことを好きなことに気づいていない。
今まで何度もアピールしてきたつもりだが、鈍感すぎてそんなこと考えたこともないんだろう。
気づかれなくてもいいか、そう思っていた時に篠原さんに彼女がいることを知ってしまった。なんとなくいる気はしたけど、知りたくなかったのに。
そして明日クリスマスにデートすることも知ってしまった。

店が落ち着き、溜まっていた洗い物をしながら尋ねた。
「なんで前日までバイトしてるんですか。」
「別にいいだろ。クリスマスプレゼント代だよ。」
また胸が痛む。
「彼女さん幸せですね。」
「喜んでくれるといいけどな。グラスまだあるよね?手空いたからもらうわ。」
「ありがとうございます。」
篠原さんにグラスを幾つか手渡す。自分のことを想って選んだプレゼントをもらえるなんて彼女さんはやっぱり幸せだと思う。
「うお!痛ぇ!」
声の方を振り返ると、篠原さんがグラスで指を切っていた。ヒビが入っていたらしい。
「大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫。ちょっと気抜いてたわ。」
大したことなさそうに言うが、結構血が出ているのが見える。
「これ使います?」
私は居酒屋の制服のエプロンから絆創膏を取り出す。
「ああ、もらうわ。サンキュ。」
篠原さんの指に絆創膏が貼られるのを見届けて、自分の仕事に戻る。

その絆創膏、明日まではがさないでいてくれないかな。
そして彼女にそれどうしたの?って聞かれればいいんだ。
バイト仲間に貰ったって言って、彼女とのデート中に少しでも私のことを思い出してくれればいいのに。

自分の性格の悪さに嫌になりながら、明日のことを考える。
いいし、私は友達とケーキ食べるし。
篠原さんのことなんか思い出す暇なんてないぐらい楽しんでやる。
「お会計入ってー!」
店長の声にさっきより大きな声で返事をして、顔を上げた。

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