何かが起こるわけではないけれど。

 平田さんのロッカーはいつも汚い。教科書や資料集、授業中に配られるプリントの量は同じはずなのにいつも溢れている。ロッカーは教室の後ろにあり、正方形で三段重なっている。一番上のロッカーの上は物を置けるが、見栄えが悪いので置いてはいけないことになっている。そこに平田さんはよく教科書を置いて怒られている。

 放課後の今はロッカーの上は綺麗だ。6時間目、社会科の市川先生は教室の環境に厳しく、ロッカーを見て「誰だ、ここに置いているは。片づけなさい。しかもこの時間に使う資料集まであるじゃないか。」と古墳が表紙にでかでかと描かれた資料集を掲げた。「私じゃん!すみませーん。」と全く反省していない様子の平田さんがロッカーの上のものをかき集め、私の前の席に着く。いつもは机の中もいっぱいなのに、と思ったが6時間目だから早く部活に行くために先に荷物をまとめていたのだろう。授業が終わり、ショートホームルームが終わると、机の上に出しっぱなしにしていたものをまとめて机の中にしまい「バイバーイ」と元気に言って平田さんは部活に行った。平田さんは陸上部だ。「部活のために学校に来ている」と前に平田さんが言っていた。そんなに夢中になれるものがあることが私は堪らなく羨ましいと思った。


 そんな私は調理部に所属しているが、活動はせいぜい月に一回程だ。だから私は教室に西日が差す頃に自分の席で本を読んで過ごしている。
「あれ?星名さん。なにしているの?」
「島村さんこそ。部活は?」
教室にクラスメイトで吹奏楽部の島村さんが入ってきて、自分のロッカーを漁っている。
「歴史の資料集がなくて、どこいっちゃったのかなー。」
「しっかりしているのに珍しいね。」
「昼休みに午後の授業の準備をしようとして、ロッカーの上に置いて、そこで朝練の時に使ったメトロノームを持ってきちゃったことに気づいてそのまま音楽室に行ったことまでは覚えているんだけど。」
「ロッカーの上に置いておいたの?」
そう、と答えて今度は自分の机の中の物を全て引っ張り出す島村さんをみながら、私は資料集の場所が分かった気がした。思った場所を探すとやはりそこに島村と書かれた資料集があった。
「島村さん、あったよ。」
島村さんに資料集を差し出すと、島村さんは嬉しそうな顔をした後に、不思議そうな顔をした。
「平田さんの机の中にあったよ。きっと市川先生に注意されたとき、一緒に持って行ったんだろうね。普段ロッカーの上に荷物置いているの平田さんぐらいだし。」
私が言うと島村さんは快活に笑った。
「平田さんは仕方がない人だね。見つかってよかった。ありがとう。」
どう返したらいいかわからずに困っていると島村さんが話を続けてくれる。
「そうだ!星名さんって調理部だよね?今度星名さんの手料理食べに調理室行っていい?」
「いいよ、今度の活動日わかったら教えるね。コンクール頑張って。」
「本当!?嬉しい。ありがとう。コンクール頑張るね。」
そう言って島村さんは教室を出ていく。次の調理部の活動は吹奏楽部のコンクールの前日だ。だから島村さんは食べに来られないだろう。それでも島村さんの好きなものを作りたいと思った。


 もう本を読む気になれず、帰ろうとロッカーにカバンを取りに行く。1個上の平田さんのロッカーは今日も汚かった。

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