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真冬に菜の花が咲いていた

不思議だった。
その日は2月の上旬にもかかわらず、暖かかったのだ。

刺すような冷たい冬の空気も、肌をゆっくり撫でていくような春の空気にバトンチェンジしていた。


この日は久しぶりに東京まで出向く用事があり、見慣れた総武線の各駅停車に乗った。

車内は割と空いていて、遠路を思って腰をかけた私は、のんびりとこの緩んだ空間に浸っていた。


日の光が窓を通ってぼんやりと空気に纏っている。
そしてそれを外の景色とともになんとなく眺める。

まるで世界から時計が消えてしまったみたいだった。


何駅か通りすぎ、電車がまたホームに停車した。

隣ではっと目が覚めたように開いたドアに大した反応もせず、ふと開いていない方のドアに目をやった。


黄色い。


菜の花だ。


菜の花が咲いている。



いくら暖かいからって今日はまだ2月上旬。いや、この前ニュースで暖冬と囁かれていたのは本当だったのか?思わず花開いちゃったのか?

などと、走馬灯のように一瞬で思考が駆け巡る。



「ん?」

目の前の景色にどこか違和感を覚え、今度は全体をスキャンするようにその光景を見つめる。


すると、窓に総武線の黄色い車体が何かに反射して映り、ドアの向こうの垣根の上側に被っていたのだとわかった。

つまり、そこに愛らしく咲いた黄色い菜の花はいなかったのである。


隣のドアがシューッと閉まり、菜の花マジックの仕掛けを解明して感心している私を乗せながら電車はまた走り始めた。


本物ではなくても、ずっと先に会う予定だった友人に図らずも出会えたような胸弾む瞬間だった。

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