行動経済学のナッジ理論をコミュニティ運営に活かそう!
私たちの日常の些細な行動は、無意識の習慣や心理的なクセに大きく影響されています。エスカレーターを使うか階段を使うか、スーパーでどの商品を選ぶのか。
こうした選択の多くは「つい」「なんとなく」やっているように見えて、その裏には心理的な動きがあるものです。こうした人の行動を考えるうえで注目されているのが行動経済学における「ナッジ理論」です。
ナッジとは「経済的なインセンティブやペナルティーを用いずに人々の選択をそっと後押しする手法」のこと。人の行動パターンや心理を理解し、ちょっとした工夫を加えることで自発的な行動変容を促せるというわけです。
例えば、こんな事例があります。税金の督促状に「あなたの地域の9割は期限内に納税しています」と書いたら納税率が上昇したのです。このように、ナッジを上手に活用すれば、インセンティブやペナルティなしで人々を望ましい行動へとそっと誘導できるのです。もちろん悪用厳禁ですが、その点についてもあとで触れていきます。
こうしたナッジをコミュニティ運営に活かすことはできるでしょうか?コミュニティの熱量を高めるためにナッジを活かすことができれば、運営にかかるコストを下げて成果を最大化することもできるかもしれません。
この記事では、ナッジ理論の基礎知識からコミュニティ運営に役立つ具体的な活用例、成功させるためのポイントまで詳しく解説していきます。それではいきましょう!
そもそもナッジ理論とは?
まずはナッジ理論について理解を深めておきましょう。ナッジの定義と特徴をおさえておけば応用も考えやすくなるはずです。
ナッジ(nudge)とは、行動経済学の概念であり、個人の意思決定や行動に影響を与えるためのちょっとした仕掛けやデザインのことを指します。英語の「nudge」は「肘で軽く突く」という意味があり、その名の通り強制せずにそっと促すアプローチを表しています。
ナッジは以下のような特徴を持っています。
自発的行動変容の促進:ナッジは人々の自由な意思決定を尊重しつつ、自然に望ましい行動を選択するよう促します。これは、トップダウンの命令や罰則とは対照的です。
小さな仕掛けの大きな効果:ナッジは小さな変更や工夫によって大きな影響をもたらすことができます。有名な事例として、オランダのスキポール空港では小便器に小さなハエのシールを貼るだけで、男性利用者の狙いが正確になり、トイレの清潔さが向上しました。
心理的なバイアスの活用:ナッジは人間の心理的なバイアス(偏り)や行動パターンを利用します。「損失回避バイアス」と呼ばれる、利益を得るよりも損失を避けることに強い動機を感じる人の傾向を活かしたナッジも有効です。
状況デザインの重要性:ナッジは意思決定の状況をデザインすることで効果を発揮します。健康的な食事を促すために、カフェテリアで健康的な食品を目立つ場所に配置することなどが挙げられます。
ナッジ理論は、2008年にリチャード・セイラー教授とキャス・サンスティーン教授によって提唱され、彼らの著書『Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness』によって広く知られるようになりました。セイラー教授は2017年にノーベル経済学賞を受賞し、ナッジ理論はさらに注目を集めました。
ナッジはさまざまな分野で活用されています。公共政策では、税金の納付率向上のためのリマインダー送付や、健康促進のための階段利用を奨励するデザインなどの例があります。企業でも、社員の福利厚生や環境意識、健康意識などを高めるためのナッジが導入されています。
ただし、ナッジを用いる際には倫理性に留意する必要があります。ナッジが人々の行動を強制するものではなく、自発的な選択を尊重するものであることを忘れてはなりません。また、意図しない結果を生む可能性もあるため、効果を慎重に評価し、必要に応じて調整することが重要です。
コミュニティ運営においても、ナッジ理論は参加者を増やし、活発な交流を生み出すために有効なアプローチとなり得ます。例えば、新規参加者にコミュニティの活発さを示す動画や写真を見せて参加へのハードルを下げたり、積極的に意見交換をしているメンバーを紹介して参加しやすい雰囲気を作ったりといった工夫が考えられます。
ナッジの活用事例
ナッジの事例として代表的なものをいくつかご紹介します。これらの事例は、ナッジがどのようにして人々の行動を変え、望ましい結果をもたらすことができるかを示しています。コミュニティなどのご自身の活動ならどんなふうに転用できるか考えながら読み進めてみてください。
オランダ・スキポール空港のハエのシール
さきほどご紹介したように、オランダのスキポール空港では男性用トイレの小便器に小さなハエのシールを貼るというシンプルなナッジが大きな成果を上げました。この小さな工夫により、利用者が狙いを定めるようになり、清掃コストが大幅に削減されたのです。この事例は、ちょっとした視覚的な工夫で大きな行動変容を引き起こすナッジの力を示しています。ロンドンのピアノ階段
ロンドンのある地下鉄駅では、エスカレーターの隣にある階段をピアノの鍵盤のように見立て、踏むと音が鳴る仕掛けを施しました。この「ピアノ階段」により、階段を使う人の数が劇的に増加しました。この事例は、楽しい体験を提供することで健康的な行動を促すナッジの効果を示しています。英国政府の税納付リマインダー
冒頭で触れた事例ですね。英国政府は、税金の納付率を向上させるために納税者に対して「多くの人がすでに納税しています」といったリマインダーメッセージを送るナッジを導入しました。この結果、納税率が大幅に向上しました。この事例は、他人の行動が自身の行動に与える強力な影響(「社会的証明の原理」と呼びます)を活用したナッジの成功例です。スコットランドのごみ収集システム
スコットランドのエジンバラ市では、家庭ごみ袋のサイズを240リットルから140リットルに縮小するというナッジを導入しました。その結果、家庭ごみの排出量が削減され、市は年間100万ポンドを節約できたのです。この事例は、状況のデザインを変更することで行動変容を促すナッジの力を示しています。フランスのソーシャルディスタンス促進
パリ市庁内の道路には、コロナ禍におけるソーシャルディスタンスを促すために波とカモメをモチーフにしたストリートアートがペイントされました。このアートは人々が自然とソーシャルディスタンスを守るよう促し、パンデミック時の安全を確保する助けとなったのです。この事例は、視覚的なデザインが行動に与える影響を示しています。八王子市の大腸がん検診率向上
八王子市では、大腸がん検診の受診率を向上させるために受診者に対して「受診しないと来年の検査キットは送付されなくなります」といった損失回避を強調するメッセージを送付しました。その結果、受診率が大幅に上昇しました。この事例は、損失回避バイアス(損失を回避したい心理的な傾向)を利用したナッジの効果を示しています。
これらの事例から、ナッジ理論を活用することで様々な場面で人々の行動を望ましい方向へと導くことができることがわかります。重要なのは、対象となる人々の行動パターンや心理を深く理解し、適切なアプローチを選択することです。
コミュニティ運営においても、メンバーの行動パターンや心理を踏まえることで、効果的なナッジを設計し、実践していくことができるでしょう。
ナッジで考えるコミュニティ活性化
では、世界中にあるナッジの事例も参考にしながら、コミュニティ運営にナッジを活かす具体的な方法を考えていきましょう。
ナッジを活用することで、コミュニティメンバーの参加意欲を高め、協力的な行動を促し、全体の活性化を図ることができるかもしれません。
①社会的証明
コミュニティ内で他のメンバーの行動を可視化することで、参加意欲を高めることができます。例えば、イベントに参加したメンバーの数を共有することで、「他のメンバーも参加している」という社会的証明を提供します。これにより、他のメンバーも同様に参加する意欲が湧いてくるでしょう。
②非経済的インセンティブ
適切なインセンティブを提供することで、メンバーの行動を促進することができます。例えば、コミュニティ内で特定の貢献をしたメンバーに対して、報酬や特典を提供することが効果的です。インセンティブについては以下のnoteもご参照ください!
③プライミング効果
見聞きした情報が認知や行動に影響を及ぼす効果のことを「プライミング効果」と言います。それを活用して、メンバーの意識を高めることができるでしょう。例えば、コミュニティのウェブサイトやニュースレターに健康やサステナビリティに関するポジティブなメッセージを掲載することで、メンバーの意識を高め、健康的な行動やエコフレンドリーな行動を促すことができる可能性があります。
④感情に訴えるメッセージ
感情に訴えるメッセージを使うことでメンバーの行動を変えることができるでしょう。例えば、コミュニティの成功事例や感動的なストーリーを共有することで、メンバーの感情を揺さぶり、積極的な参加や協力を促すことができるかもしれません。
⑤状況デザインの改善
コミュニティプラットフォームのデザインを工夫することで、メンバーの行動を自然と促すことができます。例えば、重要な情報やリンクを目立つ場所に配置する、コミュニティイベントの案内をトップページに掲載するなど、メンバーが必要な情報に簡単にアクセスできるようにするといいでしょう。
⑥コミットメント
メンバーが他のメンバーの前や公開の場で約束を宣言することで、行動の継続を促すことができます。例えば、コミュニティ内のプロジェクトに参加することを公に宣言する機会を設けることで、メンバーがその約束を守りプロジェクトを完遂する意識が高まります。強制するのはNGですが、自主的にコミットメントを宣言できる機会は、行動の持続性を高める有効な手段です。
これらのナッジの手法をコミュニティ運営に取り入れることで、メンバーの積極的な参加を促し、コミュニティ全体の活性化を図ることができます。ただし、ナッジはあくまでもメンバーの選択を促すものであり、強制するものではないことに留意が必要です。メンバーの自律性を尊重しながら、望ましい行動への「後押し」を行うことが、ナッジを活用する上での鍵となります。
ナッジを活用する際の留意点
ナッジの活用にはいくつか気をつけなくてはいけないポイントがあります。ナッジは効果的な行動変容の手段である一方で、その使用には倫理的な配慮や適切なデザインが求められます。ここでは、ナッジを活用する際に特に注意すべきポイントについて考えていきましょう。
倫理的な配慮:ナッジは、個人の行動を誘導するための手法であり、その意図や目的が正当であることが重要です。ナッジを使用する際には、ナッジの意図を明確にし、利用者にその目的を伝えることが大切です。隠れた意図や操作的な手法は信頼を損ないかねません。また、ナッジの設計は、利用者の長期的な利益を考慮したものでなければなりません。短期的な利益や一部の利益を優先する手法は避けるべきです。
効果の測定とフィードバック:ナッジの効果を測定し、適切にフィードバックを得ることは、その改善と最適化に欠かせません。効果を測定する際には、数値データを用いた定量的な評価と、利用者からのフィードバックを通じた定性的な評価の両方を行うことが重要です。また、ナッジの効果は時間とともに変化することがあります。定期的にモニタリングを行い、必要に応じて調整を行うことが必要です。
ナッジの悪用(スラッジ)への注意:ナッジは、使い方によっては、人々の自由な選択を阻害したり、不利益をもたらしたりする可能性があります。このような悪質なナッジは、「スラッジ(汚泥の意味)」と呼ばれます。例えば、解約手続きを複雑にしたり、不利な選択肢をデフォルト設定にしたりといったことがスラッジに当たります。参加を強制するような雰囲気を作るのも同様です。スラッジにならないよう、常にメンバーの自主性を尊重し、透明性を保つことが重要です。
ナッジを効果的に活用するためには、これらのポイントを意識しながら設計と実施を行うことが求められます。倫理的な側面を理解し、適切な方法で活用することで、ナッジはコミュニティをより良い方向へ導くための強力なツールとなるでしょう。
まとめ
ここまで読んでいただきありがとうございました。ナッジ理論の基礎から応用方法まで、さまざまな視点からご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?ナッジは、強制力を持たずに人々の行動を変える強力なツールであり、コミュニティ運営においてもその効果を発揮することができます。
ナッジを活用することで、メンバーの参加意欲を高め、協力的な行動を促し、コミュニティ全体の活性化を図ることができます。参加のハードルを下げる工夫や、社会的証明の効果の活用、適切なインセンティブ設計など、様々なナッジの手法を取り入れることで自然な形でメンバーの行動変容を引き出すことが可能になるでしょう。
ただし、ナッジはあくまでもツールの一つであり、それだけがコミュニティ活性化の唯一の手段というわけではありません。ナッジと並行して、メンバーとの丁寧なコミュニケーションや、コミュニティの目的やビジョンの明確化、自発的な参加を促す文化の醸成など、様々な取り組みを組み合わせていくことが大切です。
この記事が、読者の皆さまにとって、ナッジという新たなアプローチの可能性を感じていただける機会となったなら幸いです!
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