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厳しかった両親|小学校教員が起業3年で年商1億円を達成した物語

学校CHLOOS代表の星野達郎です。

出版プロジェクト第2弾「青森の小学校教員が起業3年で年商1億を達成した物語」の第1章第1節第2項「厳しかった両親」を公開します。

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プロットはこちら
https://salon.dmm.com/1693/posts/1298338
前回までの文章はこちら
https://salon.dmm.com/1693/topics/37224/posts
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私の家庭は相対的に厳しいほうだった。

お小遣いは月500円(中学校1000円)、みんなが読んでいたコロコロコミックや週刊少年ジャンプを買うことができず、月に一度の資源回収日を狙ってゴミ捨て場を漁ったこともあった。

両親は(公立教員ということも多分に影響して)流行や世俗的なものに懐疑的だった。

クレヨンしんちゃんやバラエティ番組は禁止だったし、ファミレスのドリンクバーも禁止、姉は当時流行っていたルーズソックスを所持していたことが見つかって大問題になった。

思春期の心に堪えたのは携帯禁止のルールだった。

みんなが持っていた(当時の中学校は9割方携帯を所持していた)携帯は、「電磁波が脳を壊す」という理由で許可してもらえなかった。

その理論が通用するならば「同じように電磁波を出す電子レンジも使用禁止にするべきだ」という反論は「屁理屈」だと一蹴された。

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