見出し画像

『塔』2023年4月号(3)

こんなことだけ我に似て「あけましておめでとう」と言いたくない吾子 堀内悠子 新年の挨拶は究極の紋切型だ。頑固にその言葉を言いたがらない子。変わっていると言われそうだが、実は親である主体は自分に似ていると思っている。似て欲しくないところだけ似るのが吾子。

しんみりと死んだら終わりが口癖の叔母よ死んだら終わりでしたか 和田かな子 叔母が亡くなってまだ間も無いのだろう。叔母を思い出しながら、目の前にいるように語りかける。今そこにいますか。そちらはどうですか。いつも言っていたように死んだら終わりでしたか、と。

亡き人と同じ螺旋を降りてゆく私にくれた本を読みつつ 丸山恵子 亡き人がくれた本を読んでいると、思考がその人と同じ螺旋をたどって降りてゆく。読んでまず螺旋階段を降りてゆく主体の姿が思い浮かぶのは、語順の効果だ。読者も一緒に降りてゆくような体感を感じる。

サブレよりクッキーが好き似て非なるあなたの嘘はしけていく海 中森舞 初句二句のような他愛無い話と一見似ているが、あなたの嘘はこれから時化になる海のように穏やかではない。「シケる」も掛けている。嘘をつく時点でつまらない男なのだ。 「似て非なる」という決まり文句が効果的。

あなたのこともう好きじゃない価値感の移ろう日々に紙飛行機を 中森舞 初句二句のきっぱりした言い方に惹かれる。しかしその後まだ迷っているような言葉が続く。定まらない心を紙飛行機の頼りなさが象徴する。それでも言外に主体の出す結論が見えるように思える。

入院のママから電話に子は走り隣の部屋にママ探しゆく 鳥本純平 ママがいなくて辛かった子は、ママからの電話に隣の部屋にいると思ったのだろう。まだ電話がよく分かっていないのだ。走ってママを探す子。電話をくれるのだから大変な事態ではないと読者も思いたい。

かりそめの白夜のようなこの国で誰もが誰かの代替魚なり 春野あおい 本物が手に入らないから似た食感の魚で代用する。本当に必要な人と親密になれないから誰か他の人といる。真夜中も煌々と電飾が灯り白夜のようなこの国。間に合わせの光の中での、間に合わせの関係性。

手のうえに揺れる木漏れ日左から右へ乗せかえつくる湖 河上類 手の上に木漏れ日が当たっている。最初は左手に当たっているのをずらして右手に移してみた。光が水のようで、手の上を湖が移動するようだ。ほんのささやかな時間のささやかな行為が美しい歌になっている。

ひとりずつ家を出でたり上の子も下の子も紅き歯ブラシ置きて 丸山かなえ 子が成長して家を出て行った。まず上の子が、次に下の子が。結句の具体が効果的だ。必需品の歯ブラシはいなくなった人の象徴でもある。「紅き」が、子の口や頬の若々しい赤さを思わせる。

「めっちゃいいカニがあるし」と鳥取を気に入られたり三歳の児に 服部範子 めっちゃいい子。親の口真似だろうがとてもこなれている。めっちゃいいカニとそうでもないカニの区別はつきましたか?自分でせせって食べられましたか?「鳥取」を気に入るという大きさが良い。

2023.4.28.~30. Twitterより編集再掲

この記事が参加している募集