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『歌壇』2023年6月号

さびしさをまぎらすやうに風もまた風に遅れて竹群に入る 外塚喬
 宮本永子〈鳥や木になりたいなどと外塚は言っているが、本当は人間が好きなのだ。ここに詠まれている〈風〉は、作者自身かも知れない。身を隠したいのだろう。〉
 配偶者ならではの評が心に沁みる。

奈良岡朋子死してサリバン先生もワーリャもニーナも共に死にたり 久々湊盈子 俳優の死と共に彼女の造型した数々の役の人物たちも死んだ。時々俳優という職の業について考える。他人の生を生きずにはいられない人達。「われ」から離れられない歌人の対極ではないかと。

③「特集直喩の深まり」三井修
〈我々が自分の見た光景や自分の感情を他者に伝えようとする時に、散文を使ってするときわめて長くなってしまう。(…)ところが比喩を使うことによって、僅か数語で、どこにもない自分だけの悲しみを伝えることができることがある。〉
 腑に落ちた文。比喩を使うと、いきなり核心に斬り込むことができるのだ。この文で三井が挙げていた歌 ↓
 始発までの一番線に抱いている燃える氷のような決意を 千種創一

④吉川宏志「かつて源氏物語が嫌いだった私へー胡蝶」
〈(結婚を)自己責任で決めるように源氏は言います。しかし、どちらを選んでも不幸になると暗示されているので、玉鬘は答えることができない。源氏は、表面上は結婚を勧めているようで、じつは結婚できないように心理的に追い込んでいるのです。このように、自由に選んでよいと相手に言いつつ、自分の意向に従わせるという話法は、今でもよく見られますね。(…)現代にも通じる言葉のテクニックの不気味さが書かれているのが、「源氏物語」のすごく先鋭的なところなのでしょう。〉
 とても興味深く読んだ。本当に現代にも通じる、というか、人の心理の動きとかは全然変わってないのだなと思う。恋愛のみならず信仰や金儲けや色々な理由で、人の考えを自分の意向に沿わせようとする言葉のテクニック。そういう言葉が使える人は練習しているのか、生得的にできるのか。人の心理が怖い。

くたくたになるまで復習(さら)ふメヌエットこれつぽつちのミスが拭へぬ 和嶋勝利 何かの楽器を練習する場面。ミス無く弾いてみようとしているのだろう。ほんの少しのミスなのだが、どうしても無くせない。もう一度もう一度とくたくたになるまで弾き直しているのだ。

高校に行くこと、とても夢でした 女を布が包む国にて 梶原さい子 主体の教える高校に通うイスラム教徒の姉妹。何らかの事情で日本の高校に通うことになったのだ。布を外すことは無いが、学校に通うことが夢だったという言葉が、彼女たちの過去の境遇を語っている。

賢さはとどめやうもなくストールに覆へる髪のうちより零れ 梶原さい子 信条からか習慣からか、自分を包む布を外さない姉妹。女性であることから過去には様々な束縛も受けただろう。しかしその賢さは、彼女たちを包む布から零れ、はっきりと他者の目にも見えるのだ。

2023.5.31.~6.2. Twitterより編集再掲

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