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『歌壇』2023年8月号

居酒屋のにぎはひの声にんげんの喜ぶときの濁りあるこゑ 高野公彦 コロナ禍の厳戒態勢が緩み、居酒屋からにぎやかな声が聞こえるようになった。人間が喜ぶときの声には濁りがある、と主体は気づいでしまった。おそらくその濁りに対しては、愉快ではないのだろう。

なにはいばらはらはらと散る風の垣夫婦といふも老ゆればあいまい 日高堯子 なにわいばらは一重の白い薔薇。良い香りを立てながら風に散ってゆく。蔓の巻きつく垣根を夫婦で見ている。夫婦といってもその関係性は老いれば曖昧なものになる。散る花を背景に感じる感慨。
 上句の「ばら」「はらはら」という音の繰り返しに花が散る感じが出ている。ラ行音の多さと、初句六音も韻律を押す感じ。  
 日高の老いと夫婦関係を詠った歌が好きだ。もっと色々な歌人のこのテーマの歌が読みたい。

オリオン座壺のごとくに傾きて無窮のおとを聴くわれの耳 山田富士郎 確かにオリオン座はいつも傾いて見える。神話にとらわれず、形状から「壺のごとく」という直喩で描いたのが簡潔で効果的。星座から無窮の音を聴く、という壮大なスケールに惹かれる。

眠りつつ笑ふをんなとこの夏は金魚掬ひに行きたいものだ 山田富士郎 不思議ですこし不気味。眠りつつ笑う女は実在だろうか。そんな女と、残酷な遊びである、金魚掬いに行きたい。「行きたいものだ」という、ぼそっと投げたような結句も現実離れ感を出している。

心の飢ゑをはれるときはうたの死と鳴きて飛びたつ暁闇の鳥 山田富士郎 箴言めいた一首。歌は心の飢えを詠うもの、飢えが終わったら歌も死んでしまう、という作者の見解だ。それを夜明け前に飛び立つ鳥に語らせた。飢えを抱えて詠うか、飢えを終わらせ歌を捨てるか。

⑥桑原正紀「ようこそ、歌の世界へ」
〈有効な言葉だけを残すということは、一首の世界で雑音になるような、よけいな意味を伴う言葉を排除するということでもあります。〉
〈歌を作る醍醐味は自浄作用にもあるので、寂しいことや悲しいことを詠む時はそれを意識していらっしゃるといいでしょう。〉
 実例を通して語りかけているのでとても腑に落ちる。歌だけを教えているのではない感じ。

⑦谷岡亜紀「鑑賞佐佐木幸綱」
君の〈われ〉に私の〈われ〉を重ねつつ待っていたんだ 百年の船 佐佐木幸綱
〈平易な口語体、一字空けの多用など、近年の佐佐木の特徴をよく示す歌だが、解釈はたいへん難しい。「君」とは誰か、「百年の船」とは何か。〉
 谷岡はこの一首の読みに一頁以上を割いて、万葉集、万葉集が再発見された明治時代(和歌革新運動の最中でもある)を射程に入れて、読み解いている。この読みのタイムスパンの大きさに圧倒される。短歌史を見据えた読みだ。

2023.8.6.~8. Twitterより編集再掲

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