『短歌研究』2024年9月号
①さくらんぼ濡れて紅濃し老い人の夢のなかなる乙女子のごと 栗木京子 川端康成『眠れる美女』を連想した。さくらんぼからとてつもないエロスを感じ取っている。しかし、元々、果物ってエロスを感じさせることがままあると思う。
②兵役を終へれば三十歳超えて あはれファンへと敬礼をせり 栗木京子 一首前の歌からBTSのJINが除隊した時の歌と分かる。アイドルとして旬の二十代の最後を兵役に費やし、三十歳を超えて除隊となった。ファンに対する誠意を込めた敬礼だ。「あはれ」が効いている。
③もう愛を伝へることはないだらう帆柱のやうに首きしむ日々 梅内美華子 帆柱は船の中心にすっくと立つ印象がある。その帆柱のように首を伸ばして立っていた主体。しかし、帆柱がきしむ音を立てるように首も軋み始めた。愛を伝える役割を果たすことももう無いのだ。
④人が無敵になるのけっこう簡単ね行きは下りで帰りは上り 平出奔 無敵、という言葉が最近気になっている。この歌によると、人は簡単に無敵になれてしまうのか。「簡単ね」の「ね」が制御が外れる感じでやや怖い。下句は誰かに会いに行った、その手段だけを言う。
⑤珈琲は水分補給に適さないままで覇権を握りっぱなし 平出奔 珈琲は水分補給に適さないが、常に飲み物のランキングの上位にいる、という歌意だろう。下句の言い方が面白い。ある場面でコーヒーを飲みながら、みんないつもコーヒーだよね、ぐらいの覇権だと思うが。
⑥はじめより子宮などないトルソーの美(は)しき裸体に服は着せられ 佐藤モニカ トルソーは人体を模した美しい裸体であるが、人間のように臓器がある訳では無い。臓器を持つゆえの病や苦しみとも無縁なのだ。あるいはそのようになりたいという願望かもしれない。
⑦多ければ多いほどよいこともなく薬味のように絵文字をまぶす 久永草太 句切れを上手く使っている。二句の終りで句切れ通り、よい、のかと思えば、句跨りで、こともなく、と否定に続く。麺類に混ぜる薬味とメールにまぶす絵文字。色彩感も通じるものがある。
⑧兜虫を捕るあかるさでボトックス打ちすぎてゐる俳優を言ふ 森山緋紗 男児が兜虫を見つけて捕る時のような屈託の無さで、ボトックスを打ち過ぎて異常をきたしている俳優について語る人。俳優はルッキズムの犠牲者なのだが、追い詰める側の大衆は無邪気なのだ。
2024.9.26. 28.~29. Twitterより編集再掲