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『歌壇』2024年3月号

憑きものの落ちたるごとく小説を読まなくなりて歳晩は来ぬ 大辻隆弘 四句と五句の間に時間の幅があるように思う。読書と言えば小説だった時期が過ぎて、そしてある程度の年月が経って、ある年の歳晩が来た、ぐらいの。作り物の話が読めなくなる年齢というのはある。

治療受け温泉に浸かり芝居を観た そんな収容所が松山にあり 梅内美華子 詞書に「日露戦争時、日本初の俘虜収容所が松山にできた」。松山という町の懐の深さを感じさせる歌。子規も漱石もロシア人俘虜も浸かった道後の湯。作者の祖父への追想も混じる中味の濃い連作。
 この俘虜収容所のことは映画「ソローキンの見た桜」で知った。コロナ前、ロシアのウクライナ侵攻前の映画だ。あの頃は日露に繋がろうという気持ちがあったような。実話を元に作られた映画で、基本、悲恋ものだったが、ラストに子孫の人々が映って急にドキュメンタリーみたいになった。
 「日露戦争時代のロミオとジュリエット」って何でもロミジュリにするのはいかがかと思うが、背景の松山の街が美しく、説得されてしまう。大らかにロシア人を迎えた松山のことを考えると、今ウクライナで起こっていることが信じられない気持ちになる。梅内の連作でも触れられている。

 2024.3.18. Twitterより編集再掲

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