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『半券』005 2023年9月号

編み方を忘れたしろつめくさが咲く得意なことは何だったけ 山本夏子 子供の頃編んでいた白詰草のかんむり。大人になって編み方を忘れてしまった。他にも得意なことがあったはずなのに、大人になってそれが何かさえ忘れてしまった。白詰草を見てふと立ち止まる。

見えている傷にはどれも名があって月もあなたもとおくで光る 山本夏子 意識している傷にはそれぞれにあの時の傷、この時の傷、と名前がある。しかし、意識していない傷の方がよほど痛むのだ。月が遠くで光るように、あなたが遠くにいるように、傷が身体の奥で痛む。

本はいつも隠れて読むもの冷えやすい身体は何をしまうためにある とみいえひろこ 図書館の書庫、あるいは家の使われない部屋にある大きな本棚。そこで隠れて読んだ本。本は頭で読んでいるが、その時、身体は冷えてしまう。知識か感情か。身体の中に何かが蔵われていく。

ただいちど壊れるという快楽のためにはるかぜ浴びている窓 田村穂隆 春風を浴びてきらめく窓。しかし窓はいつの日か粉々に壊れる日が来ることを知っている。その壊れる、ということは窓にとって快楽なのだ。いや、おそらく壊れる快楽を待っているのは主体なのだろう。

来世には私に生まれることはないストライプの傘に七月の雨 藤原かよ 上句、納得。来世という言葉に、何となくまた「私」に生まれもう一度人生をやり直すようなイメージを持っていた。ストライプに沿って雨が真っ直ぐ落ちて行く。過ぎてしまった時間も真っ直ぐ去って行く。

2023.11.16. Twitterより編集再掲

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