〔公開記事〕「今月の視点 新人賞その後」『短歌往来』2024年4月号
新人賞その後 川本千栄
現在、短歌の総合誌を中心にした、歌・論の新人賞は幾つあるのか数えてみた。「~月号」ではなく、発表月の順に挙げる。
一月、『歌壇』の「歌壇賞」三十首。二月、『短歌ムック ねむらない樹』の「笹井宏之賞」五十首。六月、『短歌研究』の「短歌研究新人賞」三十首。七月、角川『短歌』の「U‐25短歌選手権」二十五首。九月、『短歌研究』の「現代短歌評論賞」、『現代短歌』の「BR賞」。十月、角川『短歌』の「角川短歌賞」五十首。十一月、『現代短歌』の「現代短歌社賞」三百首。
単純に数えれば年間八人の受賞者が選ばれることになる。しかし細かく見ていくと、「笹井宏之賞」では五名、「U‐25短歌選手権」では三名の、選考委員個人賞が選ばれている。こうした個人賞が次席作品とどんな位置関係にあるのか分からないが、仮に次席を数えなければ毎年十六名の受賞者が、各賞の次席を入れると毎年かなりの数の新人が輩出される。各結社の新人賞や、ネットで企画される賞も多い。こうした状況は、これから新人賞に応募する作者には幸いだ。多作な作者であれば毎月のように賞に応募できる。また、歌の賞と論の賞の両方に応募することもできる。
しかし受賞者はどうだろう。期待の新人が毎年十六名以上登場するのだ。次は歌集を、という流れだろうが費用の問題も大きい。評論集はさらに時間もかかる。また歌集を出版しても、第一歌集対象の賞は多くないし、必ず新人賞受賞者が取るとも限らない。次席等の作者、新人賞とは無縁だった作者が取ることもままある。
ここに非常に厳しい世界があるのではないか。もちろん賞が全てではないが、地道にコツコツ作品を作り続ければいい、と言うのも無責任に思える。受賞後の誌面に取り上げられることの多い作者とそうでない作者がいるがその基準は何だろう。新人賞を選んだ後、そのメディアが受賞者をどう扱うかがもっと重要視されるべきだろう。例えば、現代短歌社の、「BR賞」受賞者の書評を六回掲載する方針を私は支持する。
〔公開記事『短歌往来』2024年4月号〕