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『塔』2024年7月号(1)

①花山多佳子「今月の歌」
人生百年と言へば聞こえはよけれども老年が長くなるだけのこと 石原安藝子
〈身もふたもない真実である。若さが延びることはない。老年が長くなることの問題はさまざま深刻なのに。結句の言い捨てが簡明でいい。〉
 歌もストレート、評もストレート。

②吉川宏志「青蟬通信」
〈私たちは、言葉によって世界を認識している。しかし、その認識は絶対的なものではなく、言葉を変化させることで、大きく揺らぐのだ。〉
 そういう歌を読みたい、書きたいと思わせる文だ。

掃除機に吸う硝子片 きみがいま死んでもぼくへ訃報はこない 田村穂隆 ざりざりと音を立てて掃除機に吸われていく硝子片。触れたら手が傷を負うだろう。自分と法的に何の関係も無いきみが死んでも自分には知らされない。傷を負った心が美しくない比喩で表現されている。
 「掃除機に」の「に」が妙に冷静で怖い。却って心の痛みが浮き上がるようだ。

三月は悍馬のごとく過ぎゆけば走り書きなる引継ぎ資料 千葉優作 三月の喩えがいい。ただ突っ走るように過ぎて行く日々。引継ぎ資料もきちんとしたものが作れないまま転勤していかなければならない。前任と後任の間を悍馬のように時間が走り抜ける。

大切が足りず「わたし」が傷んでく弥生莟に雪が再た降る 刀根美奈子 自分のことが後回し、自分を大切にすることができない。多くの「いい人」たちの特徴だ。それじゃだめなんだ、と思いながら三月の雪を見ている。莟が咲くことを妨げるように雪がまた降る。

教会の扉を開けて入り来るひかりは人を縁取りながら 竹田伊波礼 印象鮮やか。扉から入って来る光が逆光になり人の姿が黒く見える。その姿を光が縁取っている。人ではなく、「ひかり」が入って来るという把握が魅力。場面が教会というのも読者の頭に映像が浮かびやすい。

2024.7.21.~23. Twitterより編集再掲

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