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『短歌研究』2023年7月号

生きている人が一番こわいねと言うとしずまり話題は変わる 工藤吉生 話題に合わせていい感じで箴言を言ったつもりだったのに。内容に問題は無かったはずだ。ならばこの言葉と、それを口にした自分との取り合わせが良くなかったのか。あれこれ考えてしまう。

高校のころのノートに「世界中の鏡を割ろう」とありすぐ閉じた 工藤吉生 すぐ閉じた、とあるので今の自分の気分とはかなり違うことが分かる。暗すぎると思ったのか、格好つけ過ぎと思ったのか。自分という線は繋がっているはずだが、別人に思えることがある。

降っているところと降ってないところみるみる迫るその境目は 平安まだら 激しい雨が迫って来る。そのとき、雨の降っているところと降っていないところがはっきり可視化でき、その境目がどんどん近づいていくことも見えるのだ。南国の天気が巧みに描写されている。

見学のシムクガマから出たあとの陽光に手をかざすしばらく 平安まだら 沖縄戦で人々が身を隠したガマに見学に行った主体。暗いガマの中から出た時に思わず眩しい陽光に手をかざす。過去の時間から現在に戻るために、「しばらく」、時が必要なのだ。

浴びるなら夜風が好(よ)くてエコバッグに上着を入れて買い出しへ行く 古井咲花 フィンランドが舞台の一連。エアコンの風より心地良い夜風。時には寒いぐらいなので上着も持って行く。この歌の持つ、本当に何でもない日常の一コマの、さりげない幸福感が好きだ。

アボカドの具合を定めるようにして今日のこころを手にとれたなら 古井咲花 アボカドの熟れ具合を見極めるのは本当に難しい。手に取って、気をつけて押さえてみる。そんな風に自分の心を手に取って、どんな具合か確かめてみたい。アボカドの具体が心を実感させる。

夕光は睫毛をとほりすぎてのち針の細さでわれに入り来る 近藤由宇 「夕光」は「ゆうかげ」と読んだ。夕方の光が自分の睫毛を通り過ぎた細さで目に入って来る。睫毛越しに光を感じていることを目から「入り来る」と捉えた。光の眩しさが針のように目に刺さる感覚。

主題歌の字幕は♪を連ねるだけ さみだれ式にさみだれが降る 山口遼也 上句、歌詞が無い、インストなのだろうか。それに重ねるような雨音。下句は比喩と本体が逆転している面白さ。定番の比喩ゆえの効果だ。

指さきにてんとう虫をとまらせてした約束は守らなければ 朝田おきる 指先にとまったてんとう虫はすぐ飛び立ってしまいそうだ。そんな一瞬に懸けた約束。てんとう虫は飛んで行っても約束は残っている。自分との約束と取っても、人との約束と取っても味わえる歌だ

2023.7.9.~11. Twitterより編集再掲


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