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河野裕子『紅』(8)

すゐかづら吸ひ吸ひもの言ふ二人子の二人ながらに鼻の雀斑(そばかす) 花の蜜を吸いながら子らが話す。どこか懐かしい光景だ。子の鼻は陽に灼けて雀斑ができている。二人の子の二人共。「吸ひ」「二人」の音の重なりも軽やかだ。

茄子の花かがみて見せくるる老黒人バレンタイン氏と畑へだて住む なかなか心許せるアメリカ人の友人が歌に登場しないが、このバレンタイン氏は優しい風貌が浮かぶ。主体は背の低い日本人女性、身体をかがめて茄子の花を見せてくれる隣人の姿。その笑顔も浮かぶ。

水の上(へ)に陽よりしんしんと水炎えて昨日のやうなひのくれが来ぬ 夕陽が沈む場面。水の上に水が炎える。陽の光よりしんしんとした静かな光。風景が、「昨日のやうな」の語で主体の心に飛ぶ。昨日も今日もそして明日もこのような日暮れを見るのだ、という感慨だ。

茗荷咲く日本の夏の日盛りが黄変写真の昔のやうな 茗荷の花が咲く、日本の夏を思い出している。その日盛りの光景が、そのまま黄色く変色した写真のように昔のことに思われる。今滞米中の自分と、日本の昔の夏を過ごした自分が切れてしまったように感じられるのだ。

2023.7.22. Twitterより編集再掲

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