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『塔』2024年6月号(2)

壊れたとわかるくらいに壊れたし川の水位を戻しゆく雨 吉田典 晴れ続きで下がっていた川の水位が、雨が降って戻ってきた。やがて溢れるのではないか。氾濫する川のように自分も壊れたい。人知れず苦しむのではなく、誰の目にもはっきり分かるほど壊れてみたいのだ。

ばあちゃんが一万円にアイロンを掛けてると孫の騒ぐ大晦日 白波瀬弘子 大晦日、お年玉を用意していなかったのでくしゃくしゃのお札しかない。思い余ってアイロンを掛け始めた作者。孫に即座に見つかり大騒ぎされる。明日はその子がもらうお札なんだけど。

おが屑に顔埋めたまま開く小箱密輸されたる小鳥の死骸/マンゴスチンと同じ重みの命七つ鮮やかなら売り傷めば捨てる 井芹純子 密輸された小鳥が死んで届いた。マンゴスチンと同じ重みという小ささが哀れだ。命を金儲けにするペット市場、南国の鳥を素材に詠っている。

カフェオレのミルクの濁りこんとんとやさしいふりで惑わすひとだ 鈴木精良 カフェオレ色をミルクの濁りと捉えた。三句の「こんとんと」が意味を持つオノマトペとして機能している。カフェオレは色が濁って底が見えないように、やさしいふりで心の底が見えない人なのだ。

おしゃれな店はおしゃれな匂いがするのだな なんとかラテを少しずつ飲む 西村鴻一 おしゃれな店に入って匂いまでおしゃれと感心する主体。飲み物の名前を「なんとかラテ」と言っているところに少しの居心地悪さがある。それでも少しずつ飲んで何とか粘っているのだ。

揺れ方に違ひありたる花のこと話したきひとのいまはをらざり 近藤由宇 揺れ方に違いがある花、という設定が美しい。その揺れの違いについて語りたかった人は今自分のそばにはいない。花の揺れを見ることがその人の不在を強く意識させる。花は喩よりは現実と取りたい。

梅の木の小さき庭に二本あり色味の違う白梅が咲く 竹内亮 「小さき」が名詞で梅を指すのか、形容詞で庭にかかるのか悩むところだが、後者の方が自然だろうか。紅梅白梅ではなく、白梅の違う色味。繊細なところを捉えている。真っ白とクリーム色のような違いだろう。

みづからの放ちし音を追ふやうに風は揺らせをり青き竹叢(たかむら) 小平厚子 風の音があって、その後に風が過ぎて行く。竹叢の立てる音の中に風そのものが吸い込まれて行くようなイメージだ。ほんの一瞬のことなのだろうが、主体自身も風に吹かれて築いたのだろう。

⑳「編集後記」面白かったものを二つ。
 その一。小林真〈今回も会費の振込のお願いです。まだの方は今すぐ!期限は六月二十日。徳川家治の誕生日らしい。〉徳川家治と何の関係が!?相当こじつけですな。それはそうと、塔の皆さん会費払いましたか?
 その二。谷口公〈初校の日ははや夏の陽気。今年も地獄の暑さとなるのだろうか。次の氷河期が来るまでオリンピックは真夏開催をやめたらと思う。〉その頃は人類滅びてますよね。暑い中初校作業ありがとうございます。  
 「塔」が着いたらまず読むという人もいる「編集後記」からでした。

2024.6.25.~26. Twitterより編集再掲

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