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『塔』2023年2月号(2)

死のために買われる花や花束をずっと遠くに眺めたりする 川上まなみ 花はお祝いの時だけでなく、人の死に関する時も多く使われる。死を浄めてくれるイメージだ。そのために買われているのであろう花や花束を遠く眺めている主体。まるで死そのものを眺めるように。

今はまだ書かないことで無くさずにいたい静かな感情がある 吉岡昌俊 最初から「いたい」まで全て「感情」を形容していると取った。「静かな」と並列している。書いてしまうとその言葉だけになってしまい、微妙なところが失われる。それを今はまだ味わっていたいのだ。

無花果はどこか素数だこれからはわたしはわたしの歌に戻ろう 落合優子 無花果は素数、という把握に魅了された。素数の持つ、1とその数でしか割り切れない性質が、「わたしの歌」と響き合う。何かで分解などできないのだ。無花果の像が浮かび、歌が理屈に流れない。

三年も会わずに済めば会わないでいいと思える人だらけなり 三浦こうこ コロナ禍のため、人と会えなかったここ三年。多くの人がこの歌のように思ったことだろう。しかし相手からもそう思われているのだ。コロナが終息し、会うようになった時、私たちはどう感じるのか。

届くのは既読スルーという返事 やっちゃったこと思い付かない 東大路エリカ 既読スルー、読んでるけど返事しない、も返事の一種。自分が何か相手の気に障ることをしたのだろう。でもそれが何なのか見当がつかない。「やっちゃった」の話し言葉が気持ちにぴったりだ。

女医さんは「チクっとするよ」幼な児のように言いたり 老人なんだ 鯵本ミツ子 おそらくコロナワクチン。打つ前に女医さんが「チクっとするよ」とやさしく言った。小さな子か、老人に言うように。ああ、自分は老人なんだなと改めて思う。少し寂しい気持ちになったのだ。

デザートもあるよと言ってリュックからチョコを取り出すその指が好き 伊藤未来 外でお弁当か何か持参した物を食べた後、デザートのチョコも取り出す相手。その気持ちが好き。その指が好き。飾らない行為の中、お互いに相手を思う気持ちが素直に感じ取れる一首。

あの頃は得意になつて描きたる油絵五枚づつゴミに出したり 高松恵美子 五枚ずつ、何回に分けて出すのか。かなりたくさんの作品があるのだ。「得意になつて」の自覚が痛い。今、逆にそれが恥ずかしく感じられるのだろう。自分自身をシビアに見つめる視線がある歌。

⑱寺井龍哉「それが大事か 川本千栄『キマイラ文語』評」〈多くの歌人たちが自明のものとしている事柄のなかに、客観的な裏付けに乏しく、呼称に実体が伴わないものが、いかに多いことか。本書はそれを、厳しく問いつづける。〉うれしいお言葉をいただきました!

2023.3.1.~3.Twitterより編集再掲

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