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河野裕子『はやりを』 2

昨夜(よべ)われを領しゐし手がしらかみにかくも無造作に垂線おろす 性を率直に詠ったことも河野の特徴の一つだ。「領しゐし」が生々し過ぎず、しかしはっきりと行為を思わせる。昨夜を思い出しながら夫の手を見つめる。その手は無造作に白い紙に線を引くのだ。

空むざとまつ青なれば棒立ちのこのべらばうな寂しさは何 後期の河野の歌には青空を否定的に見る歌が多い。この歌はその先駆けとも言える。「むざと」というところに青空のどうしようもない、むき出しの残酷さが出ている。そこに孤独を感じるしかない主体がいる。
 『はやりを』は1984年刊。1978年刊の花山多佳子『樹の下の椅子』の一首、 しかたなく洗面器に水はりている今日もむごたらしき青天なれば も想起される。

梅雨ふけて軒うすぐらき刃物屋の刃物の腹ら生(なま)めきて見ゆ 「刃物の腹」が眼目だ。そう言われてしまえば、あれは「腹」でしかない。しかも「腹ら」で生きているもの、さらには人間めいても見えてくる。梅雨の薄暗い昼、刃物屋の刃物、それだけのはずだが。

2023.4.4. Twitterより編集再掲


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