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『塔』2023年10月号(1)

感情が草食獣の目をひらくサンダル朽ちた月夜の庭に 山下泉 草食獣の目、という言葉に立ち止まった。おとなしいという含意だろうか。しかし下句の光景と合わせて、どこか冷え冷えとした、そのくせ制御の効かない印象を受ける。自分の感情のある面に気づいたのか。

三人のカフカの妹の窓に降る枯れ葉は堅きまなざしのごと 山下泉 フランツ・カフカには三人の妹がおり、三人ともホロコーストの犠牲となっている。彼女たちの窓に降る枯れ葉が、堅く冷たい視線のようだというのは、その苛酷な運命を象徴した表現なのかもしれない。

夏至の夜の鏡のなかのわれよりも一瞬はやくわれがうつむく 梶原さい子 鏡の中の自分から目線を逸らす時、一瞬だけまさにその動作をする自分が残像のように見える。意識としては、鏡より「われ」が早い。いつもそうなのだが、「夏至の夜」に不思議な特別感がある。

何もかも焼けましたからと応ふれば広島の話はそこで終はりぬ 来栖優子 広島のことを尋ねられた主体。前の歌から察するに、広い道路が作られた由来を聞かれたのだろう。上句のように応えれば相手は言葉を失ってそこで広島の話は終わる。軽い会話調の上句が辛い。

生徒らの一人一人がもつ窓に夜も朝もありそれを見に行く 川上まなみ 生徒たちの心を映す窓。そこに見えるのは明るい朝もあり、とっぷり暮れた夜もある。その窓を教師である主体は見に行く。全部の窓を全体的に眺めるのではなく、一つ一つ個別に訪ねて見に行くのだ。

あと橋をいくつ潜(くぐ)れば海だろう鵜を乗せたまま浚渫船ゆく 石橋泰奈 どんなタイプの浚渫船だろう。橋を潜って海へ向かっているのだから、小型の普通の船に近いような感じか。「鵜を乗せたまま」が効いていて、船がゆっくり海へ向かって行く様子が目に浮かぶ。

主なき象舎には椋鳥の群れ 見も知らぬ人ばかり夢には 石橋泰奈 上句が昼間見た風景、下句が夜の夢、という構成。上句はニュース映像かも知れない。象が死んでしまった象舎に椋鳥が群れている。その様子が下句の見知らぬ人に繋がる。どちらも寒々とした印象。

「春会おう」賀状に約束した筈の田島君の訃報が濡れつつ届く 歌川功 年賀状にはよく、また会いたいと書くが、「春会おう」は具体的だ。本当に会う予定を立てたのだろう。しかし彼の訃報は冬の冷たい雨に濡れて届いた。四句十音にして入れた「田島君」に実在を感じる。

柑橘の真白き花をかぎなさい怒りのもとはかなしみだから 谷口美生 上句は怒りを抑えようとしているのだろう。自分は大切にされていないという、心の底にある悲しみがちょっとしたことで怒りに転化する。柑橘の清く爽やかな香を脳に送り込むことで、怒りを冷やすのだ。

磔の形のままで飛んでやる夢中であれば堕ちない今は 吉岡昌俊 身体を十字の形にして飛んでやる、と宣言。夢中は、他の事が目に入らない、という状態か、文字通り夢の中か。どちらにしても墜落しないという確信。アニメ風の絵が浮かぶが「堕ちない」の漢字が意味深だ。

2023.11.5.~8. Twitterより編集再掲

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