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『塔』2023年2月号(3)

生まれ変わるならオルゴール声の出る突起を出来る限り立たせて 長井めも 初句六音、初句二句の句跨がりのゴツゴツ感が、下句の「突起を…立たせて」という表現と響き合う。主体自身の中の違和感、異物感を際立たせて行くような印象。オルゴールを見る目が変わる。

金木犀色の電車は通過して吾のどこかがめくれ上がって 太田愛葉 奈良在住の作者。淡いオレンジ色の電車は近鉄電車か?「ーて、ーて」の繰り返しの文体が印象的。通過で起こる風で服が、ではなく、自分の一部がめくれ上がるという感覚に、読者も共感できる。

霧雨にフロントガラスが曇るようあなたを再生し続ける夢 中森舞 上句の情景が美しい。あなたの記憶が動画のように再生されているのか。それは曇った、ぼんやりしたイメージでしかないのだろう。取り返しのつかないような寂しさを感じる。

汚れては消えゆく雪のごとき世を見守っていてごめんね阿修羅 和田かな子 四句までも呼びかけ、結句も呼びかけと取った。阿修羅に親しく呼びかけているところは、永井陽子の「おやすみ阿修羅」を思い出させるが、人間は醜いのだという悟りのようなものが感じられる。

月は眼のようにひらくよ建て替えの駅舎の梁へひかりがさして 田村穂隆 月が自分の一部であるような生々しい身体感覚。建て替え工事で剥き出しになった梁も自身の一部のようだ。月が駅舎に射しているだけだが、自分が自分に見られ、晒されているような印象だ。

赦せないひとがわれにもかつてあり瘡蓋のごと秋桜ゆれる toron* その人をもう赦せていたら、瘡蓋はしっかり塞がっていて揺れたりしないはずだ。執着から自由になれない。秋桜が揺れるようにかつての傷が疼く。比喩するものとされるものが逆転しているところが魅力。

投擲の一瞬前に人体は永遠に似た角度で止まる 空岡邦昻 投擲競技ならどれにも共通することだろう。投擲の瞬間ではなく、一瞬前。精神を統一し、次の瞬間のために全てを賭ける。その時、身体がある角度でぴたりと静止する。まるで永遠のように。鋭い観察を言葉にした。

この仕事派遣の私しかできぬ三年先にはいないと言うのに 平田あおい 難しい仕事を任されているのだろう。あるいは押し付けられているのか。いつの間にか自分しかできない仕事になってしまった。伝えようにも、正社員たちにやる気が感じられない。どうするんだ三年後。

スプーンでプリンをやわく抉るとき 脆いこころを絡めとるとき 釘宮エヌ 「ーとき ーとき」という繰り返しの文体が、最近気になる。この歌は上句と下句が等関係になっている。「やわく抉る」が心に対する行為を表すのに上手い表現だと思い、惹かれた。

オン/オフをできずに脳に降る雨は季節を問わずいつも冷たい 春野あおい 自分ではオン/オフのスイッチがコントロールできないから、脳にいつも冷たい雨が降っている。身体が暑い季節でも、だ。読者の脳にも冷たい雨滴が感じられ、思わず俯いてしまうような歌だ。

㉙toron*「12月号月集評」
限り無くむしり取るよう何頭も何頭も蝶が身体から発つ 川本千栄
〈「限り無くむしり取る」というフレーズの強さ、蝶が身体から発つという壮絶な光景に惹きつけられた。〉
 一首選んでいただき、評をいただきました。ありがとうございます!

2023.3.4.~5.Twitterより編集再掲

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