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『塔』2023年4月号(2)

昨日みた映画の雪がまだ肩に冷たいままでふりかかるんだ 澄田広枝 映画は終わってしまったが、脳裏にはまだ映画の中の雪が降り続いている。脳内で降っているだけでなく、肩に冷たさの知覚ももたらしている。映画にあった寂しさを読者も共有できる。会話調の結句が魅力。

「あいつならやりそうだね」と囁けばもうやったのと同じ意味合い 王生令子 言い方で、やってなくてもやったことになってしまう。被害者の位置で詠う歌はよくあるが、この歌は微妙なスタンスだ。主体が囁いているようにも読める。人間の心の暗部を詠う意図だと取った。

真上からつめたき林檎切るときに遠くあなたが鳴らす鍵音 吉田典 冷えた林檎を切る時にあなたが帰って来て鍵音が聞こえた。それだけの内容なのだが「真上から」に張りつめた心境が感じられる。真上からに間違い無いのだが、全てが森閑と冷えた世界の出来事に思えて来る。

磨りガラスの窓をへだてて鳥の声かたわらに来ぬ ここも梢だ 吉田典 鳥は気づかずにすぐそばまでやって来た。主体の傍らで鳴いている。鳥は木の梢にいるのだろう。磨りガラスの内側にいる主体も家の中にいながら木の梢にいる感覚を持っている。一人で枝の先にいるのだ。

子はつぶやく「良い冗談ってあるのかな」こたつのみかん放り投げつつ厚着した服の上から抱きしめて同じ力で抱きしめられた 成瀬真澄 誰かの冗談に子は傷ついている。しかしはっきりとは言わない。主体は言葉に傷ついた子を抱きしめ、子も抱き返す。言葉には無い力だ。

寒風に軋むてのひらいつだって雪は裸で降ってくるのに 田村穂隆 雪は何もまとわず、何も隠さず降ってくる。寒風に身を曝し、全てを曝して降ってくるのだ。それなのに自分の手は寒風に軋んでいる。何も曝せない。何も手放せない。雪のように、心を無にはできないのだ。
 雪は裸、という捉え方に衝撃を受けた。

足を組みなおす仕草が好きだった あの人は綺麗な縄だった 田村穂隆 あの人は遠い存在だった。無意識の動作からも目が離せない。あの人は私を縛る縄。しかしあの人は自分が綺麗な縄であることにも気づかない。「だった」の繰り返しが取り返しのつかない過去を強調する。

「ありがとう。」と「ありがとう。。」は少し違うから小さな太陽あしたもあげる 太田愛葉 理屈から言えば、二つ目の「。」が小さな太陽ということになるが、発話ではどうやって伝えるのか。少し間を空けて、相手を見つめる。その間が二人にとって陽の光に等しいのだ。
 この歌は横書きの方が良さが伝わる気がする。

オキシトシン足りない朝の洗面所 娘が私をぐちゅぐちゅぺーする 八木佐織 愛情が安定して長続きする時出るホルモン、オキシトシン。それが主体と娘の間には足りない。朝の洗面所で娘が口を漱いでいる。親の言葉や存在そのものを吐き出すように、と主体は感じたのだ。
 ぐちゅぐちゅぺーのオノマトペが内容の深刻さを少し和らげてくれている。

2023.4.26.~28. Twitterより編集再掲

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