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『塔』2023年10月号(3)

あなたにだけ届く言葉を眠れずにさがしているの足の裏ぬくい 中島奈美 どう言えばあなたに「だけ」届くのだろう。言葉以外にも言い方や、話の流れをベッドの中で想像している。赤ちゃんの手足が温くなるのは眠くなるサイン。主体もそろそろ眠りに落ちるのだろう。

また次のパンデミックで役に立つように戸棚にマスクを仕舞う 北奥宗佑 何て冷静なんだろう。「また次のパンデミック」があると淡々と考えている。え、もう次は無いでしょ、もうたくさん、などと思うのは浅はかなのだろう。必ず次もある、あるいは今回が終わらない。

はつなつのバレエスタジオ 少女期と気づかぬうちに終はる少女期 森山緋紗 バレエにしろピアノにしろ学童の習い事に一つの風景があるのが、戦後の日本文化。その中で少しずつ少女から大人になっていった人々。後の人生はそれぞれでも、その時期に共有するものを持つ。

吸ふ人のをらぬ茶室に莨盆ひとつ置かれて正客の席 森純一 お茶を嗜まないのでその莨盆がなぜあるのか分からないのだが…。ばっちり定型で体言止め。お茶席という内容と合っていてとても粋な雰囲気を醸し出している。ぴしりと正座して静寂を味わっているような。

言いづらいからとめどなく出ることば シャワーヘッドをシャワーに洗う 北虎あきら 上句よく分かる。言いづらいから余計にボロボロ要らない言葉を重ねてしまう。だだ漏れのシャワーのように。流れ出る水の中に指を入れてシャワーヘッドを洗いながら思い返している。

風なかをたゆたふ蝶の羽ばたきにひらきゆきたる無数の扉 浅野馨 幻想的な一首。風の中を蝶が漂うに飛んで行く。その羽ばたきにつれて無数の扉が開いていく。扉は蝶の回りにあるようでもあり、蝶の下の地にあるようでもあり、見ている者の心にあるようでもある。

知っている路地につながっていたことを知らない前にもう戻れない 鈴木ベルキ ある地点が、自分の元々知っていた路地に繋がっていた。それを知った後は、もう知らなかった頃には戻れない。道のことを言っているようだが、何かの象徴にも取れる。人間関係かもしれない。

㉘ここではないどこかへ行こうと言いながら家と職場を往復する人 平田あおい みんなそうなのではないか。結局毎日職場と家との往復。けれどもどこかへ行きたい。それはここではないところ。毎日感じる感情にもう辟易しているのだ。「人」は近い誰か、あるいは主体自身。

㉙「七十周年記念評論賞」募集中です。テーマ「自由」。2024年2月9日締切。選考委員 吉川宏志・栗木京子・川本千栄・濱松哲朗です。「塔」の皆様奮ってご応募ください。

㉚2024年1月14日(日)は文学フリマ京都へ!「塔」のブースでは選者、会員の歌集歌書を超お買い得価格で販売!バックナンバー無料配布やフリペもあり。バッグやアクセサリーの販売も。ぜひお越しください。ボランティアも募集中!(←DMください。)

2023.11.10.~12. Twitterより編集再掲



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