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河野裕子『はやりを』 13

子猫らを次つぎ抱きあげたのしめり撫づる柔さは臓器のやはさ 上句は自分の行動を描写している。猫を可愛がり、自分自身も楽しんでいる。下句の発見が一首の眼目だ。猫の身体の柔らかさは、即、その臓器の柔らかさ。皮膚一枚を隔ててその臓器を撫でているのだ。

月暈のにじむがごときわがこころ今宵の鬱をしばし味はふ 初句二句は、誰でも見たことがあるが上手く歌にできない、という情景ではないだろうか。それをダイレクトに自分の心と結びつけた。心は今宵鬱状況だが、そんなに深刻な鬱でないことが結句から分かる。

ことば、否こゑのたゆたひ 惑ひゐる君がこころをわれは味はふ 「君」が迷いながら話し、言葉に詰まっている。言葉が、声が、空中にたゆたうようだ。その迷っている君の心を、「われ」は声を通して味わっている。声というものの持つ、官能性にも届いている歌。

鱗なべて剥ぎたる魚を並べゆく俎上にわが掌もしばらく並ぶ 何匹も魚の鱗を剥いだのだろう。面倒で、実は結構重労働なのだ。鱗を剥いだ魚をまな板の上に並べていく。やれやれという感じでその並びに疲れた自分の掌を置く。魚と掌を同列に即物的に眺めているのだ。

みづの上(へ)を流るるみづ見ゆゆふぐれはみづの濃淡もおのづからなる 川を眺めているのだと取った。大きな川ではなく、近所のごく小さな川。同じ川の中でも、流れる速度の違いがあるのだろう。夕暮れの光の中で、川の中の水の流れが濃淡を持って見えている。

2023.6.15. Twitterより編集再掲

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