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『西瓜』第八号2023年spring

きみだけにあだ名で呼ぶこと許させてコンパスの針でとどめ刺す蝶 楠誓英 上句下句は時間的順序や因果関係無く、ただ並んでいる。「きみ」以外との深い付き合いを拒み、微かな嗜虐性を楽しむように蝶を刺す。自分の心の姿を自分で確認するような一首だ。

忘れようは忘れざること日照雨(そばへ)ふる記憶のなかの睫毛をぬらす 楠誓英 意識的に覚えておくことはできても、意識的に忘れることはできない。その時睫毛は日照雨に濡れていたのか、今記憶の中の雨に濡れていくのか。記憶は覚え直されてさらに新鮮になる。

ドーナツをふたりで食べる約束に空洞も正しく含まれる 鈴木晴香 ドーナツを詠う時、空洞を意識せずにはいられない。この歌では「正しく」が鍵だろう。ドーナツを食べること、その約束。それらは言わずとも空洞込みなのだ。二人の関係性にも空洞があるのではないか。

夢の中でも傘をさす濡れるのが怖くて他に何ができるの 鈴木晴香 傘をさすしかない。けれどもどこか心がざわつく。何か他にもっといい方法があるような気がして。濡れるのが怖いということから雨でもないようだ。夢の中のようなぐねぐねした句跨りが一首を貫く。

行き場なく夕顔の実は枯れている冬は手おくれのものばかりで 江戸雪 夏には蔓を伸ばし放題、成長し放題の夕顔が行き場を失って、実をつけたままの姿で枯れている。何かが、いや、回りのもの全てが手遅れなのだ。逃げるところも無いし、枯れるに適した場所も無い。

2023.5.29.~30. Twitterより編集再掲

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