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『Lily』vol.2

レモンパイ分けあいながら泣くような弱さを味方につけるのは嫌 中井スピカ 上句の具体的な喩で光景が浮かぶのだが、結句で嫌と否定される。それは見せ消ちで、そんな弱さを味方にしていた自分は存在したのだろう。その時の自分への軽い嫌悪感があるように思える。

会えなければ会えないでいい人たちの増えてゆきたりこの幾年で 魚谷真梨子 大きくはコロナが原因だろう。しかし、年齢を重ねれば若い頃の付き合いが希薄になっていくのも事実だ。今目の前にあること、まさに繋がっている人が優先だ。寂しいことではあるが。

花束の写真を撮れば花束を持ってるきみの手首も映る 江戸雪 花束を抱える人ではなく、人が抱えた花束を撮った。その時抱えていたきみの手首も写真に入り込んだ。生々しい手首だ。写生のようだが、書かれていない部分、写真のフレームの外に意識を持って行かれる歌だ。

いつになく夜の白雲が苦しくてくるしむことで救われることも 江戸雪 夜になって青空が黒になっても雲は白い。普段、あまり意識しないことだが。その白雲が苦しい。下句、啓示的。苦しみによって救われる、という考えが一つの救い。苦しみの多くは底無しだから。

だれも殺したことなんかないって顔のあなたの翡翠色の耳飾り 魚谷真梨子 77578と取った。三句が「って顔の」と促音で始まるのがいいと思う。もちろん上句19下句15でざっくり読んでもいいのだが。殺したことなんかないという表現に、逆に酷薄な人物像が浮かぶ。

背中へとベースを担ぐ君の、あの、俯く瞬間が好きだった 中井スピカ ベースは重い、大きい楽器だから、担ぐ時に一瞬、間がある。その間をつかんだ歌。三句の「君の、あの、」というためらうような口調と読点に共感する。君は多分、無心。その無心な顔を見つめている。

2023.11.13.~14. Twitterより編集再掲

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