見出し画像

河野裕子『はやりを』 1

 ずっとしようしようと思っていた河野裕子の一首評。今回は第四歌集『はやりを』。不定期にでも読んでいきたい。『はやりを』には特に好きな歌が多いので、厳選して、と思いつつわくわくしている。

かの初夏の疎林で嗅ぎし体臭を何のはずみにかまとひて君は 巻頭歌。かの初夏、は若かった日だろう。その時に疎らな木々の間で嗅いだ生々しい体臭を、壮年の君にふと感じる。どこか心が波立つような瞬間。自分が感じた、ではなく、君がまとった、と表現している。

塩屋「作(さく)」の格子戸ごしに見ゆる庭午(ひる)しんかんと黒ダリア咲く 塩屋、という商売がある時代を表す。大きな古い店の中庭を格子戸越しに覗く。音の絶えたような真昼、大きな黒いダリアの花が咲いている。風景を描いて、主体の存在を感じさせる。

日時計は永遠(とは)にひとつの刻をさし瞑るヴェアトリイチェ緑衣赤髪 これは河野裕子にしてはとても珍しいタイプの歌。ラファエル前派の画家ロセッティの「ベアータ・ベアトリクス」への讃だろう。絵の忠実な復元ではあるのだが、言葉で描いた絵になっている。

2023.4.3. Twitterより編集再掲

この記事が参加している募集

#今日の短歌

39,684件