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『短歌研究』2021年3月号(3)

⑩ユキノ進「『水中翼船炎上中』という冥界巡り(後編)」前編から面白く読んできた評論。ぽつぽつ感想を述べていきたい。〈不老不死を希求する旅という点においてはこの冥界巡りは『ギルガメシュ叙事詩』である。(…)偶然だろうが『水中~』で蛇もまた時間を超えて現れる重要な題材であり、終章では主人公は海蛇と出会う。〉これはかなりびっくりした。この歌集を読んだ時、何かもっと大きな物語を下敷きにしているとは全く思いつかなかった。ギルガメシュとの類似点相違点をもっと聞きたい。

⑪ユキノ進〈不老不死という視点ではこの歌集には、もうひとつ重要なアイテムがある。サランラップだ。(…)またサランラップにはこの歌集の中では明らかに性に関連するものとして出現する。サランラップの中にはいつまでも若く性の能力を保った両親がいる。〉これもびっくり。

この評というか解説を読めば、『水中~』の中のサランラップの歌に納得がいく。そういえば確かにサランラップは鮮度を保つものだ。しかしそれが人間に応用されているとは思いもしなかった。何となく変な歌だなー程度でスルーしていた。

⑫ユキノ進〈歌集全体を見渡すと「おまわりさん」「警官」もまた時間を超えて登場する重要なモチーフである。「おまわりさん」は何かのメタファーである可能性が高い。〉私も何となく歌集を読んだ時「おまわりさん」がやたら目立って見えた。メタファーとまでは思わなかったけど。

〈ここでひとつの仮説となる。この警官は外国人なのではないか。(…)それは「アメリカ」だ、と考えるのは突飛だろうか。「世界の警察」であるアメリカだ。〉うん、突飛。でもその後のユキノの論を読んでいくとそれもアリかと思えて来る。

〈日本の方から率先して国土に米軍の駐留をもとめたように、母の方から誘って警官を家に招いたのだ。〉うーむ。率先してもとめた、まで言えるのかな。確かに穂村の親世代はアメリカに対して好悪混じる感情を持っている人が多いように思うが。やたらアメリカ文化をありがたがるが心底は憎んでるとか。

⑬ユキノ進〈父から国を守れと命じられた主人公は、成長しておとなになった現在、戦争にいくのは(自分ではなく若い)君たちだ、と命じる。次の世代への戦争の先送りが繰り返されているのだ。〉この読みは論の中でも一番納得がいった。穂村の歌も発表時から気になっていた歌。

〈カジュアルな歌いぶりに隠れて見えにくいが『水中~』では過去から現在に至るまで一貫して戦争の気配がしているのだ。〉最も戦争の歌を詠まないだろうと思われた穂村弘への意外な評。ここまでの論を読んでかなり納得がいった。しかし次の穂村家と皇室を重ねるのはちょっと深読みかと思った。

⑭ユキノ進「『水中~』という冥界巡り」すごい力の入った論で、思わず読みふけってしまった。私は穂村と同じ年だが、子供の頃はまだそこら中に戦争の傷があったんだよな。だから納得もいく。読み終わって推理小説を読み終えたような、全ての伏線が回収されたような快感を感じた。

 ただ・・・穂村がそうしたストーリーとそれを読み解くアイテムを用意して、全てを仕掛けていたのだとしたら。ユキノがそれを正確に完ぺきに、もしかしたら穂村の思惑より深く読み解いたのだとしたら。

 時代に深く斬り込んだ論だと思うのだが、謎解きのようで、歌集の読みがそれでいいのかと言われると何だかもやもやする。円環の中で閉じられてしまった歌集のように思えて。一首を単純に一首として味わいたい気もする。さらに、作者の意図を超えてせり出してしまった内面を、ユキノは捕えられたのだろうか。そこへの言及が無かったことが物足りないと思った。

2021.3.27.Twitterより編集再掲