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『歌壇』2021年7月号(2)

⑦吉川宏志「かつて『源氏物語』が嫌いだった私に」〈小学生ですから男女のあいだに子どもができるという意味もよく分からずちんぷんかんぷんだったのですね(子ども用に書き直した『源氏物語』という企画にそもそも無理がある気もします)〉『歌壇』でも吉川の新しい連載が始まった。

 文体も「ですます調」で語りかける感じ。読めば分かる、的な面白くて教養がつくシリーズを期待。…確かに昭和の全集ものって子供用に書き直された大人の話が結構入っていた。それって結局肝心なところが分からなかった気がする。男女の情も親子の情もピンと来ない年頃だった。

⑧「ことば見聞録」第一回伊藤比呂美(詩人)・川野里子  扉無しで、いきなり始まったのだが、これは川野里子がホストで毎回色々な分野のゲストと対談するらしい。(編集後記で分かった。)川野里子は対談の名手だと思う。今回も深い話になっていた。心に残った発言を挙げたい。

⑨伊藤〈今まで考えてなかった言葉が出てくる。あるいは考えてなかったことをつい書きつけてしまう。(…)無意識を最終的に出すのが我々の仕事なんじゃないか。〉川野〈結局自分が考えてないことが言葉に偶然表現される瞬間を待つんですよね。〉本当に同感。でも本当に偶然で無意識。

⑩川野〈伊藤さんが書かれるものはどうも初めから心が外にある感じがするんです。殺人だって殺したいから殺したんじゃなくてそういう縁に出会ってしまえばそうなる、というような仏教的な考え方を導入してますよね。〉伊藤も指摘されて喜んでるけど、この考え方すごい。ある種救いかも。

 川野〈心ってもっとうじゃうじゃといろんな人が過去から遠方からなにから集まり寄ってきた川みたいなものとして流れている感じです。個人のものじゃない。(…)「私」なんかたいしたものじゃないって初めからさらけ出してる感じがあります。〉まさに現代短歌の真逆。

 川野〈現代詩というのは「私」を成立させ近代人になるための苦闘だと言ってもいいかもしれないですけど、方向がまったく逆で、伊藤さんの場合は私というものがかりそめのもので、いろんな人の心や言葉を預かるものとしてあるようです。〉短歌の「私」観をゆさぶる話だな。どこか巫女的な。

⑪川野〈私は世代的なものかどうかよくわかりませんけれど体を感じることが難しいんです。伊藤さんの身体は今は世界を感受する装置、世界を抱きとる装置として働いている感じがあるんですね。私それがすごくうらやましいです。今という時代は体がパーツになって分散してるように感じます。

 川野〈身体がないと語りは出てきません。〉〈身体や感情を消すことが戦争への言葉の参加だったんだと思います。だから戦争が終わったときにまず言葉がやったことが身体を取り戻すということ。〉〈伊藤さんなどの世代が産むことにテーマを出してこられたのが、歴史的な必然を感じるんですよね。産むことは国家とか家族とかにやすやすと奪われやすいものですよね。それを女の身体で引き受ける、それを取り戻すというか。そういう意味で非常に重要な。〉身体という事に関する川野の発言に非常に示唆を受けた。相当な背景知識というか教養量があっての、しかも感覚鋭い発言だ。噛み締めたい。

2021.8.4.~5.Twitterより編集再掲