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『塔』2023年7月号(3)

リサイクルできないものが好き 道に散る木蓮の花の汚さ 丘光生 一回性の、二度と使えないもの、それが好きだという潔さ。例えば花びら。散った木蓮、おそらく白木蓮が薄汚れている。散るままに汚れるままにしておきたいのだ。三句の句割れで、息を一度吸う感じ。

土曜日の夜のわたしは映画館 わたしのための とてもちいさな 田村穂隆 休日前夜の自分を映画館だと捉える。自分自身のための小さな映画館。何を映すのかも自分次第。映すのも見るのも自分一人だけ。少しの演技性と寂しさ。ブツ切れの文体も内容に合っている。

いつの日か傷は癒えてもいつまでもそこには何か痕が残って 高原五尺 今はまだ傷が癒えていない状態なのだろう。いつかこの傷も癒える日が来ると思って耐えている。でもきっと何かの痕跡となり、残るだろう。この苦しみが跡形も無く消え去るなんて、有り得ないのだから。

好きになっても仕方ない人のこと咲けば散ってゆく桜のこと 杉田菜穂 上句と下句はどちらも現実に存在するものを詠んでいるのだが、お互いが喩になっている。人を見て桜を思い、桜を見て人を思う。七五五八六という変則的なリズム。ざっくり上句下句で読んだ。

わけありの林檎も剥いてみせましょうひとしく春の裸身となりぬ 春野あおい 上句口語体、下句文語体。場面に謎が多いのが魅力。訳ありの林檎に自分を重ねて、林檎も自分も裸身となった、剥いてみせましたよ、さあ、どうしますか、と相手に訊ねているのだと取った。

湯気のたつひと皿に乗る自己犠牲それを愛とは呼ばれたくない 鈴木精良 湯気の立つぐらい、ほやほやの自己犠牲。皿に乗せて相手に差し出している。しかしこれは愛ではない。愛という言葉で都合良くくるみこまないでほしい。自己犠牲とはっきり相手に認識してほしいのだ。

飛行機は帰巣本能たずさえた鳥の子孫でいずれは野良に 小川優 飛行機は鳥の子孫。言えそうで言えない詩句だ。帰巣本能があり、飛び立った空港に帰って来る。飛行機に意志があるようだ。結句、いずれは「野良」飛行機になるということか。飼い鳥が野鳥に戻るように。

2023.8.1.~3. Twitterより編集再掲

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