【コラム】地図は文字より古いのか
「地図は文字よりも古くから存在する」
これは多くの地図学関連本に書かれている決まり文句で、文字を知らなかった先史時代の人々が、既に地図を描く能力をもっていたと考えられています。
教科書などでは、文字の起源はメソポタミアのシュメール人によるもので、紀元前3000年頃とされています。
いっぽう、世界最古の地図は紀元前1500年頃に北イタリアのカモニカ渓谷の岩壁に描かれた「ヴァル・カモニカの岩絵群」と考えられており、世界遺産にも登録されています。
この地図には耕地、小径、小川や灌漑水路など村落の様子が描かれており、地図が図形と記号の集まりであることがよく理解できます。
この地図はメソポタミアにおける文字の発生より1500年も後に描かれたものであり、必ずしも「文字の歴史より古い」ということを示す例ではありません。
地図学者の金窪敏知氏によれば、むしろ「文明が伝播する過程の地域時間差を示す例」ということになります。
2021年4月、フランスから大きなニュースが飛び込んできました。
1900年にフランス西部のブルターニュ地方で発見された青銅器時代の石板「Saint-Belec」に4000年前に描かれていた模様が、欧州の一領域を示す最古の地図であることを論文で発表したのです。
これが地図だとするならば、正真正銘の「文字の成立以前の地図」ということになります。
地図は「場所」の情報を図形と記号で表したグラフィックですが、文字以前からコミュニケーションツールとして機能していたことが考古学的にも確認されたといえるでしょう。
もっとも、本当に「地図が文字よりも古い」といえるのかどうかは、何を「文字」と定義するのかにも大きく関わってきます。
シュメール人の文字は確かに「文字体系」としては世界最古なのかもしれませんが、それ以前からピクトグラム的な原文字は存在していたと考えられており、2003年に中国で発見された賈湖契刻文字は放射性炭素年代測定により紀元前7千年紀のものと判明しています。
結局のところ、人々は大古からピクトグラムを使ってコミュニケーションを取っており、それが目的に応じて文字体系であったり、地図であったりとそれぞれの発展を遂げたと考えるのが自然なのかもしれません。
ところで、世界最古の「世界地図」はBC500~700年頃につくられた古代バビロニアの粘土に描かれた世界地図とされています。
この地図には二重の円が描かれており、内円の内側を陸地、外円と内円の間を海に見立てて、外円の外側が対岸の陸地を表現しているとされています。内円内にはバビロンが描かれ、縦に描かれた線はユーフラテス川、下部の平行線は南の湿地を、北側の曲線はザグロス山脈を、そして小さな円は主要都市を表していると考えられています。
「世界地図」とはいうものの、現実世界を表現しているのはバビロニアのみであり、それ以外は空想的な世界が表現されています。これは当時のバビロニアで考えられていた「世界観」が現れたものであり、必ずしも場所の情報を描いた地図ではなく、「哲学の図示」であると考えることもできます。
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