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一時間文芸③「冠」

「一時間文芸」が何たるか。については以下参照。

全体のお題「皇帝」
私の(1行目に必ず入れる)お題「長崎」

その他ワードはちょい少なめだったかな

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「冠」

いつもの、長崎にしてはゆるやかな上り坂の先に、皇帝パレードを見に来た人たちが群を成して居るのが見えた。ランタンフェスティバルだ。毎年のことではあるが今年は有名なタレントが皇帝と王妃役に選ばれたので尚更の人混みだ。

日頃俺は歩くだけで割と注目を集めるのだが、今日に限っては全無視だ。
どころか、まっすぐには歩けないから人の間を縫って行くしかないと思いきや、隙間が見当たらず、それすらも無理そうだ。俺はいつもの場所に飯を食いに行きたいだけなのに…昼は空腹をこらえて寝ていて、夜に出向いたほうがよかっただろうか。 時々は息子と連れ立っていくのだが、今日はさすがに危ないからと留守番させてきた。少々中年太りなうえ顔が大きい俺と違い息子は小顔でシュッとして器量がよく「王子」と呼ばれている。王子なのに皇帝に会えないとは皮肉なものなのかもしれない。
……などと考えて人混みを横切れないうちに時間が過ぎていく……腹は減るばかり……
もう、こうするしかない。
今だ!!

俺は目の前に居る人の肩に飛び乗った。ギャーと悲鳴を上げられたが関係ない。次は前の人の肩だ。リュックを背負っていると上に乗れるから好都合だ。背が低い奴は頭の上だ。そうして前に前に進んで騒ぎになっているところを警備員が目ざとく見つけ、ちょっと待てこらと俺を捕まえようとっする。一斉に皇帝パレードの方向を向いていた人たちが俺の周りだけ俺に注目し、あたりは騒然となる。俺は追手を跳ね除け、ここ一番のジャンプで力いっぱい飛んだ。
着地したのは「皇帝」の胸元だった。

俺の爪が引っかかり高価そうな衣装の刺繍がほどけた。頭を抱える警備員、唖然とする観客、そして、こんなつもりじゃなかったと、うろたえる俺の頭の上に大きくでもしなやかな、暖かい手が被さってきた。そして優しく撫でられた。

「さすが長崎だな。俺んちにも猫が居るんだよ」

猫の俺にもわかるイケボ、そしてイケメンが微笑みながら言った。

俺は翌日の地元新聞の一面を飾ったのみならず、全国ニュースデビューも果たした。いつも飯をくれる人間が、こんな大騒ぎになって、あんたを飼いたいって人が現れるかもしれないね。と言った。
俺は中国の真の時代よろしく宦官も済ませているので女を求めて遠出する気力は無いし、別にどこかの飼い猫になるのも悪くないと思った。
ただ、息子とは離れたくないが。
(2024年2月11日)

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