一時間文芸④「恋の花」
「一時間文芸」が何たるか。については以下参照。
全体のお題「チョコレート」
私の(1行目に必ず入れる)お題「慈しみ」
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「恋の花」
さゆりは慈しみをもってその種を育てていた。恋の花開くという種。巻いて十日目にやっと芽が出て、それから十日かけて鉢植えの縁を超えるくらい伸びて、さらに十日経ったが葉が若干大きくなったように見えるくらいで、さしたる変化はない。
バレンタインデーにGODIVAのチョコレートを携えて、ずっと好きだった隣のクラスのあの人に「付き合ってください」と一世一代の告白をした。受け取ってはもらえたが返事はもらえなかった。翌日クラスの前を通りかかるとあの人も交えた男子数人で、きのこの山とたけのこの里どっち派か、と話している声が聞こえた。あの人は、俺?俺は明治ミルクチョコレートが一番好きだな。と言って、違うそっちじゃなくて、と周囲の笑いをさらっていた。少ないおこづかいをはたいて高いチョコレートを買ったのに…スーパーに売ってるやつでよかったのか…とショックだった。いやそれよりも、私への返事を保留にしてどうでもいい話で盛り上がっていることのほうがショックだったかもしれない。
さゆりはウエディングドレス姿の自分を鏡に映しながら、そんな二十年前の出来事を思い出していた。結婚するには少し遅いと言われる年齢になってしまったがマインドは女子高生なのだろう。
あら、雪ですね。ドレス一枚で寒いかもしれませんね。とプランナーさんが言った。窓の外は雪がちらつき空が霞んで見えた。プランナーは続けて、でもおふたりはアツアツですからこのくらいの雪なら溶かしちゃいそう。へっちゃらですね!と嬉しそうに言った。
そこに新郎が大きな鉢植えの観葉植物を抱えながら入ってきた。プランナーが慌てて、あら台車もあったのに申し訳ありませんと駆け寄った。いや平気ですよ。それより俺が作ったケーキ大丈夫でしたか?と聞いた。はい。ばっちりですが一応もう一度確認してきますね!とプランナーは控え室を出ていった。
さゆりは、ねえ。あの時どうしてすぐに返事くれなかったの?それに明治ミルクチョコレートのほうが好きだなんて…と新郎に聞いた。えっ今更?と苦笑いしながら少し考えた風な間をおいて、だってまだ「恋の花」咲いてなかったんだろ?と答えた。あとほら、俺パティシエ目指してたのにゴディバ最高とか言うの逆にダサくね?とあの時は思ってたんだよ。中二病みたいなもんだよ。十六歳だったけど。と言った。
ガーデンで結婚式がはじまった。わた雪がちらついて寒かったが、肌に触れるとすぐに溶ける。
チャペルの入口では大きな鉢植えから大きく枝を伸ばして「恋の花」が満開に咲き、ふたりを見守っていた。
(2024年3月10日)
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