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【掌編小説】私らしい色の恋を

この掌編小説は、私と百瀬七海さんとでお届けする、マジカルバナナ的リレー小説のうちの1本です。

七海さんのこちらの物語の最後のフレーズをタイトル(=バトン)とし、そこから一つのお話を仕立てています。

それでは本編へ、どうぞ♪

* - * - * - *

外回りの帰り道。松本陽菜(ひな)はおなじみの道を会社へ向かって歩いていた。すると、道路を挟んで向こう側に新しくケーキ屋がオープンしていた。

大のスイーツ好きの陽菜は店内を覗きたい衝動を抑えることができず、横断歩道を見つけて向こう側に渡った。

時計を見ると時刻は午後3時を回ったところ。丁度おやつの時間だ。ここでケーキを買って食堂でこっそり食べる? それとも、チームのメンバーの分を差し入れとして購入し、みんなで食べる? 店の外から店内を眺めていたその時だった。

「松本」

呼ばれた声に振り返るとそこには営業2課の藤堂祐介が立っていた。

藤堂は中途社員として同じ営業部の隣の課に入社してきた。陽菜の方が半年早く入社しているけれど年は藤堂の方が上。だけど営業部ではひとまとめに“新人”として扱われる内に「同じ新人ってことだしタメ語でいかない?」と藤堂に言われ、陽菜は少しずつそれを受け入れていった。今では半分タメ語、半分敬語で話す、傍から見ると妙な2人だ。

だけど今、陽菜は藤堂に会いたくなかった。それには訳があった。

陽菜は気さくに話しかけてくる藤堂に次第に惹かれるようになり、想いを寄せていた。いつかちゃんと気持ちを伝えようと心に決めていた。次の契約が取れたら……。そう意気込んで1本、数ヶ月かけて契約を決めた。先週末のことだ。丁度その日の夜には藤堂と飲みに行く約束をしていたため、陽菜はいい波が来ているように感じていた。

だけどその日の夕方、給湯室へ行ったとき、噂話が耳に入ってきた。

「2課の藤堂くんと3課の原田さん、付き合ってるみたいってみんな噂してるね」
「間違いなく原田さんが藤堂くん、大好きだもんね。だけどそれってホントなの?」
「何でも原田さんがほのめかすようなことを言ったとか言っていないとか……」

陽菜は慌てて踵を返してデスクへと戻った。今日に限って聞きたくないことを聞いてしまった自分の間の悪さを呪いたくなった。
結局その日の夜、飲みにいったものの、噂話が邪魔をして陽菜は気持ちを伝えられなかった。

「どした? 新店?」
「あ……うん」
「うまそ。っていうかなんで外で見てんの。中、入ろ?」
陽菜が返事をする前に藤堂は入り口のドアを引いていた。右上の方から軽快な鈴の音が聞こえた。

「う、わー……。どれも美味しそう」

目の前に並んでいるのは色とりどりのスイーツ。
定番のショートケーキ、チョコレートケーキはもちろん、旬の桃やメロンをふんだんに乗せたタルトやジュレも並んでいる。

「課長はクリームが好きだからシュークリーム。三島先輩はフルーツタルトかなぁ。新免くんは新しい物好きだから桃のジュレ……とかどう、かな」
知らないうちにチームに買って帰ることにしていた。メンバー一人ずつの顔、好みを思い出し、ショーケースからそれぞれに合ったスイーツを選び、選択を藤堂に伺っていた。

「松本は?」
「え?」
「松本はどれがいいの」
「……ショートケーキかモンブランで迷ってる」
「あ、意外とベタなのがいいんだ。俺はチーズケーキかなぁ。」
「そっちだってベタじゃん」
「だな。じゃ、店員さん呼ぶよ? すみませーん」

すると店の奥から可愛らしい店員がやってきた。

「シュークリーム、フルーツタルト、桃のジュレと……ショートケーキください」
「それとは別の箱に、モンブランとチーズケーキもお願いします」
左上から間髪入れずに藤堂の声が聞こえた。陽菜は驚いて藤堂を見上る。陽菜の視線を感じ取った藤堂はちらっと陽菜の顔を確認した。表情は何ら変わっていない。

陽菜には藤堂の意図が汲み取れず、頭の中で考えを巡らせるうちに黙ってしまった。

会計を済ませ、2人で店を出る。
まだ7月だというのにケーキがへたりそうな位の暑さだった。

「松本って自己主張しないよなぁ」
「え?」
突然、藤堂が陽菜に向かってこう言った。

「最初はどういうつもりだったのか知らないけど、チームメンバーのスイーツ選んでるし。いや、それが松本のいいところで、気を遣うってのは社会人にとって大切だと思うけどさ。だけどそうやってずっと自分を後回しにしてたら、仕事だけじゃなくて全部においてそれが当たり前になっちゃう気がするんだよね。そんなこと、ない?」

その通りだった。陽菜は普段からぐっと我慢することも多く、仕事でも人の一歩後ろのポジションにいることを心がけてきた。

「でも、少なくとも俺には遠慮しなくていいから」

陽菜は困惑してしまった。それはどういう意味なのだろう。今まではたとえ藤堂に対して特別な感情を抱いていても他のみんなと同じように一歩引いて接していた。だけどそうじゃなくていい、ということなのだろうか。
それに……“遠慮”とはなんだろう。
聞きたかったこと。聞けなかったこと。
陽菜の頭の中で様々な考えが巡る。

「営業3課の……原田さん」
「ん?」
「原田さんと付き合ってるってホント?」
「ホントじゃない」
「そっか」
藤堂にばれないように陽菜は胸を撫で下ろした。

「ホントじゃなかったら松本はどうするの?」

ひと波越えたと思った矢先、藤堂の一言でまた陽菜の心が揺れる。
「じゃなかったら……遠慮しない」
陽菜は思ったより自分の声が小さかったことに驚いた。藤堂に届いただろうか。

「松本ってそんなこと言うキャラだっけ?」
「違うよ! 全然違う! 今までも言いたいこととか全然言えなくて……」
「あーストップストップ! 今までの話は言わなくてよろしい。そこは論点ではあるけど聞きたいかどうかはまた別の問題」
そこまで言ってから藤堂は歩きながらぶつぶつと自問自答を始めた。

考えがまとまったのだろう。陽菜の方を向き、こう言った。
「なーんか俺の言ってた“自己主張”とはちょっと違うけど、“遠慮しない”って意味では合ってる」

「そうやってさ、少しずつ、縮まっていけばいいね。俺らの距離感」

そして藤堂が一歩、陽菜に近づく。
目と目が合ったまま、物理的に2人の距離が縮まっていく。
陽菜は見つめ合っているのに耐えられなくなってぎゅっと目を閉じた。

恐る恐る目を開けると、さっき目を閉じた距離で藤堂は止まっていた。笑顔で陽菜のことを見ている。

「何もしないよ。……まだね」
そしてさっと最初の距離に戻った。
「ほら、ケーキへたるから早く戻ろ」

いつも相手のペースに合わせて失敗してきた。だけど今度は、少なくとも藤堂に対しては焦ることはないし、遠慮もしなくていい。今までとは違う。陽菜はそう自分に言い聞かせた。

心の中で願っていることはただ一つ。いつか並んで歩けますように

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