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人生短いらしい、それならば。パート2

“タイミングを掴みに行く”

そう決めてから10か月弱。例のようにあっという間に時間は過ぎていき、朝晩の風が秋を知らせる季節になった。

あれからというもの、休みの日や余力のある仕事終わりにはいまの仕事の勉強もしながら、保健師採用試験対策を進めてきた。教養試験、専門試験、小論文、SPI・・・何から手を付けようか模索の日々ではあったが、少しずつ、夢に近づくためだと心に決めて進んだつもりだ。

タイミングを掴むためのライン(そんなものないけど、コツコツを続けられる人でないといけないと思っている)を超えなければ、その戦いに挑む権利も無いと自分を鼓舞しながら。ほんの少しのタイミングという運命を手繰り寄せるためにはそうする他なかったと、今、振り返ってみると感じる。

ただ、新年度は更に新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて、勤務や生活は変容を強いられる状態になっていった。慣れた頃に新たな壁がやってきて、後輩も入ってきて、教育係として新人教育の支援を任せてもらって、、、毎日の仕事で精一杯になることも少なくはなかったのは事実である。


“チャンスはやってくる”

そんな中でも頑張れたのには理由がある。烏滸がましいかもしれないけれど、今年、試験に挑んでよかったと心底感じている。
働いてみたいと思える市町村、興味のある市町村が募集を出したのだ。職員に占める保健師の数はごくわずかであり、いつ、何人の応募が出るかわからない採用試験であるからこそ、今年は私にやってきたチャンスであると信じてやまなかった。

応募を考えた市町村は人気の高いところも多く、病院の採用試験とは比にならないほどの倍率に最初は圧倒された。でも、頑張るからには選んでもらいたいし、選んでもらえる自分になりたいから頑張れる部分があったのは間違いない。

そんな中で、気づけたこと、反省したこと。
自分が選んだことなのに、自分で決心したことなのに、誰かに頑張りを認めてもらいたい、誰かにわかってほしい。そう思うことが何度もあった。心のなかでは、だれにも気づかれないところで努力できるひとに、ただ淡々と頑張れるひとになりたいと思っているのに、まだまだ未熟だと、情けなくなった。頑張りを認めるのは自分自身で、それを受け入れるのは合格が決まったその時でしかないのに。

結果

端的に言うと来春から保健師になることが決まった。
最終的な結果は、第一志望のところに合格、第二志望は補欠合格、第三志望、第四志望に関しては三次試験まで進めたけど仕事の都合、試験日程の重複で辞退という形を取らせてもらった。

嬉しいよりも、ほっとしたのが勝ったのが正直な気持ちだ。そしてほんのちょっぴり泣いた。やっと、夢のスタートラインに立てた。なりたい自分になるんだ。したいことを、するんだ。

『人生短いらしい。』
それならば、タイミングを自分で作ろう。あたかも向こうからタイミングがやって来てきたように、わたしからタイミングを迎えに行く。


丁度1年前の自分の決心を、成し遂げられたことを素直に自分で認めてあげてもいいかな。

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