自慢をした瞬間、全てが止まる

みんなー!自慢してるー!?

自慢ー
おごりたかぶること。また、自分のこと、自分の持ち物、自分が所属するものなどの良さを他に対して得意げに示すこと。

会社の同僚、家族、地元の友達等…周りの人間に対して「したくてする人」もいれば「無意識にしちゃう人」もいますよね、あんまりいいイメージを持たれていない「自慢」ですが、ぼくも否定的な意見を持っていながら、無意識的にやっちゃってるのかもな〜とドキドキしながら書いています。

先日、前に読んだことのある本から、気になる一文のメモを集めた『ホリウチサイキョウノート』の言葉たちを見返す時間を作っていたのですが、外山滋比古先生の『やわらかく考える』という本から、こんな一文がでてきました。

自分の手柄話はあまりにも語って楽しいから、つい甘くなって吹聴して、思わぬ損をしている。自慢したいというエネルギーを密閉すれば、おのずから精神力は充実、高揚して新しいことに立ち向かう活力を生む。

『ハイ、すいませんでした』と背筋がピシ!心がギク!となりそうな言葉でございます。この『やわらかく考える』を読んだときに、腑に落ちているようで、なんか妙にひっかかっていた自分がいました。

当時の感想は「その通りだ!気をつけよう!」くらいだったんですけど、よくよく考えると「自慢したいエネルギー」が「新しいことに立ち向かう活力」に変換されていく過程みたいなものをクリアに見ることができていなかったように思います。

そういえばこの前、お布団でゴロゴロしながらこんなツイートをしました。

まぁ、ただの思いつきでつぶやいた独り言なのですが、このつぶやきの後に先程の一文との因果関係がクリアになってきたのです。

自慢→今の自分に満足→創造意欲の低下

デザイナーという職業は、ひらめき!とか、キラキラした表現!や、生まれ持ったセンス!みたいなことが大切だと思われがちですが、意外とやっていることって地味〜〜〜な作業をコツコツと。いや、『コツコツコツコツ…』と手を動かして『ぼけ〜〜〜』っと考える。みたいな時間が多く必要だったりします。

そんな一見つまらなそうな時間を支えているのって「納得感・満足感への渇望」だと個人的には思っています。正直デザインってめんどくさいんですよね。終始楽しんで出来るタイプの人もいるとは思いますが、ぼくはめんどくさいと素直に思っています。ただ、めんどくさいからといって「手をぬきたくない」し「良くないものは作りたくない」んですよ。なぜなら自分が作ったものに「納得・満足」できないことが大嫌いだから。

速攻で矛盾してしまうのですが、自分が作ったものに、ものすごく納得して、100%満足できる案件なんて1度も出会ったことありません。そんなものを作れる技術もないですし、そして今後もたぶんないと思っています。だけど、納得できない、満足できないってことそのものは嫌なことすぎるんですわ。

こんな自分を客観的にみたときに、この満たされることのない「渇望」こそ、自分を前に進めてくれるガソリンなんだと思っています。ちょっとしんどいけど。

でもこの渇きを潤してくれる唯一の方法があるのをぼくは知っています。

それが「自慢」なんです。

自慢とは相手がいて初めて成り立つ行動であり、第三者のリアクションを知ることができます。自慢することによって、仮に「良い評価」を得た時の気持ちよさは何にも変えられない。その気持ちよさこそ「自分に納得できる」「自分に満足できる」という潤いを与えてくれるのです。

潤ってしまった自分は想像もしたくないですね。その時点の自分に満足してしまったら、成長・変化・経験・学習・失敗、どれもする必要がなくなってしまう。そんな状態を真に生きているとはいえないかもしれません。

外山滋比古先生が言う"自慢したいというエネルギーを密閉"というのは、現状に満足して漏れ出てしまう「創造意欲」を守り抜くことなのだと解釈しました!

これに気づいた自分は偉い!すごい!天才!!!!!

ちょっとだけ自慢したくなったのでしてみました。これからは自慢じゃなくて「事実」をみなさんに話すように意識しながら、家でひとりぼっちの時だけ、クラフトビールで自分をこっそり褒めようと思っています🍺(カンパイ)

飢えをしのがせていただきます。