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バブルはそんなに良い時代ではなかったよ?と声を大にして言いたい

私はバブル世代と呼ばれる年代だ。

肩パッドがこれでもかと入ったボディコンスタイルは日常的に着ていたし、もともと眉が太くてメイクもばっちりだった。ダンスが苦手なのでジュリアナ東京みたいな踊る場所にはいかなかったけどホイチョイ映画に感化されて毎週のようにスキーに行っていたものだ。

恐らく、当時のイケイケな私は今の私からは誰も想像できないだろう。実際子どもたちも、私が前髪をとさか…もとい、ポンパドール(リーゼント)にしていた若い頃のアルバムを見てひっくり返って爆笑していたぐらいだから。今思えば若気の至りだったと思う。

ところで。

私が就職した1980年半ばはバブル到来前で、就活事情は「可もなく不可もなし」といった感じだった。ところがそのその数年後に急に景気が良くなり、私の数年後に就職した大卒の友人などは、リアルにテーマパークへのご招待という、なんともゴージャスな拘束系オワハラを経験するような人もいて、随分と驚かされたものだ。

また、景気がよかったので、証券会社など景気により収入が左右される職種についた同級生はかなり羽振りがよかったが、私はそういう業界にはいなかったので、手取り13~14万程度の収入で身の丈に合った生活をしていた。

とはいえ、家から会社に通っていたため、それなりに自由になるお金はあった。だから冒頭にも書いた通り前髪をとさか(外巻きのポンパドール)にし、身体の線が出て肩幅広しなボディコンスタイルで身を固める程度には余裕があった。

こんな事を書くと、まるで人生バラ色みたいに思う方もいるだろうが、それはあくまでも光の当たる部分でしかない。

実際には「24時間働けますか」の決まり文句で有名なドリンク剤のTVCMを地で行くようなサービス残業の連続で、定時帰りの給料で定時から真夜中までただ働きさせられ、毎日終電に間に合うのがやっとだった。

また、セクハラ上司に密着して座られ、身体中をまさぐられるような状態にあっても我慢するしかない。周囲に相談しても「お前に隙があるから悪い」などと言われ、歯を食いしばって耐えるしかないのが当たり前だった。

それを思えば、今セクハラで訴えることができる状況というのはなんとありがたいことか。当時はそんな卑劣なセクハラに多くの女子社員が耐えていた。

また、景気が良すぎて仕事の量も増えたため、優秀な若手男性社員が次々と体を壊していくのを目の当たりにするというのも日常茶飯事な時代だ。それに加え、上司にあたる人たちの中にも過剰な仕事で心と体を壊して自殺したり横領や援助交際などの犯罪に手を染めたりする人が結構いて、現状はかなりシビアなものがあった。まあ、その点は今とあまり変わらないかもしれない。

ただ、今なら心を病んでも人目を忍ぶ事なく行けるメンタルクリニックもあるが、当時はその手の病院には非常に強い偏見があったので、とてもじゃないけど治療を受けられる雰囲気になかったという点が大きな違いであり、心を病んだ人は相当おかしくなり周囲が無理やり精神病院に連れていくか、引きこもりにでもならない限りはその手の治療を受けないというのが実情だった。

そんな理由でみんながストレスでおかしくなっていたからこそ、僅かに手に入れたオフの時は必要以上にはしゃぎまわり、たまりにたまったストレスを発散することでなんとか心の平衡が保てたのではないかと思う。バブル時代とは景気が良い時代であった反面、みんながどこか狂っていた時代でもあったのだ。

若い人には想像もつかないかもしれないが、バブルはそんな深い「闇」の部分があったのだ。そんなバブルの「光と闇」の両方をリアルタイムで体験してきた私からすれば、当時より女性への性的暴力やサービス残業などが問題視され、たとえ形だけでも行政が罰することのできる状態になったというだけでもある意味良い時代になったと思う。そう考えると、バブル時代は世間で考えられているほど良いものではなかったよ。と声を大にして言いたい。

ただ、私たちの世代がそのようにどこか狂っていたからこそ、今の世代に色々な負の遺産を残すことになったのもまた確かだ。私たちの世代がもっと頑張って次の世代が生きやすい世の中を作るべきだったのだろうと思うと申し訳ない。バブル時代をリアルタイムで生きた一人としてそれだけは責任を感じている。無力で、自分のことだけで精一杯という無能な私だが、人生の先輩として相談にのることぐらいはできればいいと思っている。


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