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ゲロに始まりゲロで終わった香港駐妻ライフ(1)香港ライフ初日編)

※注意:食事中の方は厳に読むのをお控えください

2001年3月末、私と小学生の子供たちは生まれて初めて香港の地に立った。駐在員として香港に赴任した夫より3ヶ月遅れての渡航だった。

飛行機から降りたとたん、ミストサウナに入ったかのような湿気が全身にまとわりつく。空気中の湿気があまりにも多すぎて肺の奥まで空気が行き渡らないような息苦しさを覚えた。

それに加えて空気が油くさい……横浜の中華街でも感じる厨房の油のにおいが濃縮されたような空気があたり一面に立ち込めており、「これからこんな湿気と油くささがすごいところに住むのか……」と心底うんざりした。

しかし、それはまだこれから起こる事件の序章に過ぎなかった。

その後迎えに来た夫に連れられて市街地に向かう路線バスに乗り込んだ。

香港のバスは2階建てで前の座席に行くほど景色がよい。夫からその話を聞いた子どもたちが「前の座席に行きたい!」と言ったが、一番景色がよく見える最前列は人で埋まっていた。

そこで、それなりに景色がよく見える2列目の席に子どもたちと座った。目の前には初めて見る香港の風景が広がっており、子どもたちは目を輝かせてその風景に見入りながらきゃっきゃうふふとはしゃいでいた。

私も、空港から香港島中心部に向かう道沿いに見える自然豊かな海や山の風景に心癒され、香港島に入ってからは道路沿いに密集して並ぶビルの大群や巨大なネオン看板が延々と並ぶ風景に圧倒されて半分興奮状態。子どもたちと一緒にはしゃぎながら車窓の外を眺めていた。

地図引用元:Googlemap
(香港島行の空港バスは香港国際空港がある赤蠟角(Chek Lap Kok)から九龍半島経由で香港島に入っていく)

香港最大のビジネス街・中湾に差し掛かったあたりだったか……ふと最前列に座っている中年女性が気分が悪そうにしていることに気付いた。その様子から車酔いしたのは明らかだった。

地図引用元:Googlemap
香港島・中環周辺

思わず「大丈夫ですか?」と声を掛けようと思ったものの、相手は香港人か大陸から来た中国人と思われた。だからとりあえず声を掛けるのはやめた。

その後しばらく相手の体調を案じながら様子を見ていたが、時間が経つにつれて彼女の体調が悪化していることが見て取れた。

その様子を見ながら私の脳裏にはだんだん別の心配が湧き上がってきた。お察しの通り「ここでゲロを吐くのではないか?」という不安である。

私は昔から異常なまでに嗅覚が鋭敏で、ちょっとした悪臭でも気分が悪くなる。ましてや他人のゲロのにおいなど嗅いだら「もらいゲロ」となることもザラである。過去にそれで何度困った事態に陥ったかわからない。

まさか香港到着早々そのような事態が起きるとは予想だにしなかった。なんてこった。

悪い予感がますます現実味を帯びていく中、私はバッグからハンカチとタオルを取り出して口と鼻を覆った。もちろん彼女のゲロのにおいを少しでも嗅ぐのを防いで、もらいゲロを回避するためだ。

彼女自身も「ここでゲロはまずい」と思っていたようだ。中環を過ぎたあたりからハンカチで顔を抑えたり深呼吸したりして、なんとかその場をやり過ごそうと苦慮している様子がうかがえた。

しかし、その涙ぐましい努力も限界に近づいているのは明らかだった。

中環からそう遠くない香港島最大の繁華街・銅鑼湾に来たあたりから彼女の表情はますます険しくなり、顔色がどんどん青ざめている様子がはっきりと見て取れた。

地図引用元:Googlemap
銅鑼湾周辺(「湾」は旧字体・英名Causewaybay)

私は内心危機感を覚えて別の席を探したが時すでに遅し。すでに繁華街に入っていたバスの中は乗客で一杯。席替えはかなわない状況になっていた。

そんな中、彼女はバッグの中から小さなビンを取り出した。そこに書いてあったのは「白花油」という文字。彼女がそのふたを開けるとハッカの香りがこちらまで漂ってきた。いよいよゲロの時間がやってきたようだ。

※当時彼女が持っていた白花油。Amazonでも買えます。

「ああ、この香りでゲロを抑える配慮はあるのね」と思った瞬間……

彼女はおもむろに座席ポケットに入っていたビニール袋を取り出し、「ゲエエエエエエエッ!」と盛大にゲロを吐きだした。

……うわぁぁぁ!マジか。本当に吐いたよ!

ゲロの強烈なにおいはタオルとハンカチで二重に覆った私の鼻腔にも直撃。一気に気分が悪くなって危くもらいゲロとなりかけた。が、強靭な精神力で喉にこみ上げるものを無理やり押し戻した。

また、ゲロを吐き終わった彼女が自分の周囲に「百合油」をまき散らしてゲロの臭いを若干緩和させたおかげで、それ以上喉にゲロがこみ上げるのを回避できたのも幸いだった。

海外生活初日のバスの中で、自分のすぐ目の前でゲロを吐く人に遭遇するとは想像すらしなかった。

その強烈な出来事は一生忘れられない記憶として、私の中に深く刻まれたのは言うまでもない。

しかし……まさか香港を離れる本帰国の前日まで同じシチュエーションで同じ体験をする羽目になるとは予想すらしていなかった。

「香港ライフ終了編」につづく

※だいぶ前にnoteで書いた駐妻時代の思い出話を「創作大賞2024年」応募用に書き直したものです。

#創作大賞2024

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