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ぼくがぼくのものであるという証としての、ふたつの目について

ふとした瞬間に撮られた自分の写真が驚くほど親父に似ていて、時折ぎくりとする。遺伝子というものは厄介で、この世でもっとも忌むべき存在の気配を色濃くこの身に刻みつけてくる。生命の神秘は、ときとしてものすごく余計なお節介をやくものだ。

外見に対して異様なほどコンプレックスを持っている。ぼくは、ぼくの顔を好いていない。これほど醜い顔は世界のどこを探してもなかなかに見つからないのでは、というようなことをわりと本気で思っている時期もあったし、思春期のころなんかは毎朝鏡に映る自分を見てはさめざめと泣いていた。

対して、ぼくはぼくの現在のふたつの目をとても気に入っている。目頭から目尻にかけて末広に広がるこの二重幅は、他でもないぼく自身が決めたものだからだ。

逆さまつ毛の治療の副次的な結果としてぱっちり二重を手に入れたのだけれど、これはやはり「治療」というより「整形」だったのではないかと最近しみじみ思う。そのくらい、逆さまつ毛によるストレスよりも自身の見た目に対する劣等感への効果を感じている。完全に解消されたわけではないけれど、明らかに生きていくのが楽になった。

奥二重が醜いとか、そういう話をしているわけじゃない。二重が美人の象徴だなんてクソ喰らえと思っているし、そもそもルッキズムを嫌悪している人間だから、そういう社会的な美の基準に基づいた価値観で己の顔を醜いと言っているのではない。いや、もちろんそれを内面化して「醜い」と感じてしまっているフシは否定できないけど。

末広二重を手に入れることによって、ぼくは確実に父の面影から遠ざかることができた。だからぼくは、今のぼくの目を気に入っているのだ。美しいと言い切れるほど克服はできていないにせよ、この目の形を少なくとも今は「醜い」とは感じていない。

父の顔の判子のようだ、と親戚や大人たちは口を揃えて言っていた。それがなんだかとてつもなく温かなエピソードのように、あたかも微笑ましい現象であるみたいに、彼らは目を細める。ぼくは親父に似ていることが嬉しいだなんて、一言も言ったことなどないのにも関わらず。ハートフルなほっこりエピソードはいつだって、往々にして本人の意思は無視されたまま消費されていく。

顔はそのまま、ぼくが父の所有物である証だった。ぼくの顔が父の判子であるならば、そのもととなった父の存在なくしてぼくはこの世に生を受けることができなかったし、ぼくはこの顔になり得なかった。それなら少しでも、父の顔と離れたい。きっとぼくは逆さまつ毛に悩んでいなかったら、お金を貯めて整形していた気がする。

父との共通点は、角ばったエラと奥二重気味のツリ目の2点だ。だったら人相の主役である目をいじれば、「父の所有印」を改竄できる。逆さまつ毛の手術が決まったとき、治療よりもむしろそちらへの期待に胸が弾んだ。

もちぎさんが、高校卒業前に家を飛び出して以来顔を合わせていなかった母親に会ったときの漫画を、先日Twitterに上げられていた。

ぼくはまだ、「殺さないでくれてありがとう」とは言えない。どうして殺してくれなかったんだ、「早稲田に合格しなかったら死刑だ」と執拗に宣告しておきながらなぜちゃんと執行してくれなかったのだという気持ちのほうがどうしても強いから。

父親はぼくに、よくブサイクだと言った。そのくせ他人に似ていることを指摘されると嬉しそうに笑うので、ずっと訳がわからなかったけれど、あれは「いじり」のつもりだったのだろう。もちろんもちぎさんの母親がもちぎさんの外見を貶す理由とは違うが、親から容姿を繰り返し繰り返し誹られていた/現在も誹られる状況に自分を重ねずにはいられない。

あいかわらず父の不幸を願っているし、「ぼくがいない場所で幸せに」なんて言える日も来ないかもしれない。だけど、目の形を変えたおかげで、父とは交わらない世界でぼくは現在生きているのだと実感することができるようになった。「父の所有印」の改竄は、きっと成功だったのだ。

この目の形が、とても好きだ。自分の感性で美しいと感じ、自分の意思で選び取った、唯一のものだから。ふとした遠目の写真ではいまだに父の面影を感じて嫌な気持ちになることはあるけれど、毎朝鏡を見て泣くことはなくなった。ぼくが選択したふたつの目が、ぼくの顔はぼく自身のものであるということを示している。それはぼくに、少なからず自信と勇気を与えてくれるのだ。

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