見出し画像

子供はわかってあげない(感想)_他人の役に立つこと

「子供はわかってあげない」は2014年に「モーニング」で連載されていた漫画で、著者は田島列島。
ボリュームは上下巻のみと短いが、ひと夏のボーイミーツガールをメインにしながら、新興宗教、家族愛などもひとまとめにした中身の濃い作品となっている。
2021年8月公開で沖田修一監督による実写版の公開もされているけども、こちらは未視聴。

以下はネタバレを含む感想などを。

画像1

話しに引き込む展開のうまさ

水泳部員でアニメ好きなサクタさん(朔田美波)と、書道部員で実家も書道教室を営んでいるもじくん(門司昭平)は、同じ高校に通う顔見知り程度の関係だったが、共通のアニメを好きだったことをきっかけに話しをするようになる。

サクタさんの母親は再婚していて、今の父親とは血の繋がりはなく実父のことをよく知らない。関係は良好で現在の家族関係に特段の不満はないが、もじくんの兄(明大)が探偵だった偶然に気持ちを後押しされて、実父捜しを依頼することになる。
さらに明大のもとには、教団の金を持ち逃げした疑いのある新興宗教「光の匣」の教祖の捜索依頼も舞い込み、依頼された捜索対象者もまたサクタさんの実父だった。

画像2

序盤にサクタさんともじくんによる、家族愛を絡めたラブコメの展開を想像させておいて「実父に新興宗教の資金が持ち逃げされたかもしれない」という要素が追加され、東京湾に沈められることを仄めかす。
これによって穏やかにコトが済まなそうな結末を予感させ、話しに引き込む展開がうまい。
まぁ、実際にはほのぼのとした絵のタッチの通りの結末となり、新興宗教に洗脳されて破産したり家庭が壊れたりというドロドロした話しは最後まで無いのだが。

甘酸っぱいラブストーリー

サクタさんともじくんが出会って興味を持ち、お互いのことを徐々に意識するようになっていく過程もうまく描写されている。

画像3

サクタさんが大会で泳ぐ姿を褒めてみたり、借りたアニメの感想を作文用紙に書いて渡したりと、出会う機会が増えることでお互いを意識するようになっていくのだが、感想文の内容よりもまず字の書き方に興味を持ち、書体から人格を感じ取るかのように原稿用紙を撫でるシーンがさりげない。
そうやってお互いのことを知っていき、興味を持つと余計にコミュニケーションを取りたくなる。そういう過程の描写に無理がなくて好感がもてる。

サクタさんの実父の問題が解決し、探偵依頼の請求書を受け渡したことで二人が会う理由が特に無くなる。このタイミングで勢いのある性格のサクタさんはもじくんへの告白を決意するのだが、告白シーンの描写を焦らしているのも特徴的だ。
読者はこの時点で二人が相思相愛なことは分かり切っているからこそ引き伸ばしているのだろうが、サクタさんにアタックチャンスが出てきて告白を決意してから、サクタさんに「もじくんがすき」と言わせるまでに7ページも消費して、なかなか告白をしないあたり、なんともいえないもどかしさがある。

画像4

誰かの役に立つということ

本作の登場人物たちの行動を振り返ってみると、他人に親切にすることでよい報いとなって自分に戻ってくる『情けは人の為ならず』の行動が意識されていて、作品のメインテーマとなっていると思われる。

少し横道に逸れる。
かつて『たくさん消費して、経済をまわして幸せになろう』というメッセージを浴びて生きてきた身としては、ここ数年のSDGsなどの社会課題に対する意識の高まりは、人々が大切にしている価値観の大きな変化を感じさせる。

新しいガジェットや服、美容などをに購入・投資するのはストレス解消になるが、個人の幸せに閉じていて飽きると虚しさも伴う。そのため『より良いものを求める』ことになり、欲望に果てることが無くて質が悪い。(私自身も本やレコードなど、モノを所持するのはそれなりに幸せだと思うし手放しで断捨離を肯定するつもりは無いが)
それに対して、社会課題へ取り組む。または誰かの役に立ったり何かを受け継ぐ行為は後世の人々の役に立つという喜びがあって、しかも誰かと喜びを分かち合える幸せがある。

画像5

話しを戻す。
本作でサクタさんは泳ぎ方を、もじくんは書道を受け継いで誰かの役に立っている。また、明大は探偵費用をサクタさんに請求せずに、いずれ若い子に返すように言った。

サクタさんの実父、藁谷友充は人の心を読むことが出来たので、新興宗教の教祖になったが逃げ出し、老いた師匠の指圧治療院を継ぐことになる。
金に困っていたサエグサを救う目的で教団から逃げたのだが、そもそも他人の心を読むような人間に近寄りたい人なんていない。藁谷友充は誰かに能力を受け継ぐことも出来ないし生きがいを見いだせなかったのだろう。

誰かの役に立ったり、受け継いだりすることで誰かに影響を与えられたら、自分の存在理由を強く実感できて気分が良くなる。乱暴な言い方になるが、平常心で他人を傷付けることのできる人は、自らの存在理由を実感しづらい生き方をしている人たちだ。
そうならないために、本作の登場人物のように誰かに受け継いだり、役に立つことができるなら何でもいい。どんな小さなことでも充分褒められたものだと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?