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案外まともな犯罪―ホン・コンおばさんシリーズ(小説感想)_傍若無人な老婦人によるおせっかい

ジョイス・ポーター(著)、黒田 晶子(翻訳)、1972年発行のハヤカワ・ミステリ。ミステリとあるが、天才私立探偵の活躍するような内容ではなく推理要素は少なく。
思い込みが激しくて身近に居たら、はた迷惑でしかない自己中心的な性格のホン・コンおばさんが活躍するコメディだと思って読んだ方がいい。また、登場人物たちがとても個性的でまともなキャラクターが少ないため、アクの強いホン・コンとのやり取りが笑える小説となっている。後悔はするが反省することは無いホン・コンの魅力にやられて一気読みしてしまった。

以下、ネタバレを含む感想を。

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<あらすじ>
オノラブル・コンスタンス・エセル・モリソン=パーク、愛称ホン・コンが新設したコニー相談所に、大方の予想に反し一人の客が訪れた。その婦人は警察が自殺と判断した息子の死が、他殺であることを証明してほしいと依頼してきたのだ。

世間から煙たがられがちなホン・コンおばさん

通称をホン・コンで通っている貴族の老嬢はトターブリッジに住み、「下層階級の人たちの面倒は自分たちが見るべき」と、貴族ならではの果たすべき義務感を信念に持っている。
そのため市民相談所の手伝いを自ら申し出たが、人騒がせで独善的な性格のホン・コンは市民相談所から断られる。しかしそこで諦めるホン・コンではない。市民相談所そっくりの看板をつくって真向かいに「コニー相談所」を立ち上げてしまうのだ。

しばらくは相談者がやって来なかったが、やがて待望の相談者ミセス・バーバリーが市民相談所から出て来たその足で「コニー相談所」へとやってくる。
依頼内容は、警察に自殺と判定された息子の死を他殺だと証明して欲しいということ。かといって私立探偵を雇う金が無いので相談に来たと言うのだ。

相談所をはじめたものの探偵ではないホン・コンも最初は断るつもりであったが、ミセス・バーバリーにまんまとノセられることになる。

「ええ。あちらでも断られたんですけどね。私、おたくの看板が見えたので、いちおうきいてみたんです。そしたら、そこにいた人が、みなさん笑いころげて。あなたのことをなにか頭がおかしい、とか」
「わかりました」ホン・コンの顔に血がのぼった

依頼を受けたことに対して、ホン・コンと付き合いの長い使用人ミス・ジョーンズから文句を言われるも、一度受けると言ってしまったためバーバリーの死について捜査をすることにしたホン・コン。まずは警察へ行って調査記録の閲覧をフェナー部長へ依頼しに行くもあっさりと断られてしまう。
それに対するホン・コンの返しが恐喝になっていて可笑しい。

「はっきり言ってあげるわ。いい?
あんたがバーバリー事件の調査に協力しないって言うんなら、わたしはセント・カスパー寺院の件で嫌疑を避けようとして、あんたに贈賄したってうわさをばらまくわよ。あなたの経歴にとって、あまりありがたくないでしょ。どう?」

このセント・カスパー寺院の火事というのは、ホン・コンが原因の火事によって建物が消失している件のことだ。それなのに、火事の嫌疑を避けるために贈賄したというでっち上げをネタに恐喝するのだから、言われた方からしたら対処に困って唖然とするしかない。

煮え切らないフェナー部長に対してホン・コンはさらにたたみかける。

「一歩でも動いてごらん。ブラウスを破いて強姦だあって叫ぶわよ」
ホン・コンは愉快そうに宣言した。「この前の夜、テレビドラマで見たの。かなり効果的だったわ」

警察を恐喝する時点で神経が図太いというよりもはやおかしな人だが、呼んでもいないのに勝手に警察へ押しかけておきながら、強姦されたというのも滅茶苦茶な論理である。こんな婆さんに絡まれたら災難でしかない。
しかし、ホン・コンはこうと決めたら絶対に引かない女性なのだ。そのためには手段を選ばないし、せっかちな性格なのでやり方もえげつなくなる。

聞き込みのため様々な人と会うも、まともな人物が少ない

その後も、事件現場のナイトクラブ「カーマ・スートラ」、ロドニーの死因となったヒ素やウィスキーを売った店、ロドニーの監察官、容疑者スミスの住んでいた大家とホテルの支配人など、ホン・コンは様々な人物へ聞き込みをすることになるが、揃いも揃ってクセが強いのだ。サディスティックであったり、自分の雇っている店員を終始眺めていたり、平気で人のものを盗ったりと、欲望を包み隠さずに生きているという印象だ。”まとも”な登場人物がほぼいない。

ホン・コンは捜査の結果、ロドニーを雇っていたスミス(スミザース氏の偽名)を容疑者と断定する。その理由を同性愛者のスミザースがロドニーからセックスを断られ、同性愛であることをネタに脅されていたからだと断定する。
この推理には証拠がなく、思い込みの激しいホン・コンならではの決めつけでしかないためフェナー部長も相手にしない。
しかし、理由はともかく犯人は確かにスミザースであったので、住所を突き止めて押しかけて本人へカマかけするとスミザースは勝手に自白をはじめる。
そしてスミザースに自首させることには抵抗されたが、なんとか気絶させることに成功する。

一件落着と落ち着いたのも束の間、ホン・コンの手柄を横取りしてスミザースを恐喝しようとしていたカーマ・スートラにたむろすジャック・ザ・ジョンと仲間たちに家を囲まれてしまう。

だがその時、ホン・コンの手にはスミザースから奪った銃があった。

「一歩でも動いたら撃つわよ」
ジャック・ザ・ジョン一人を残してあとはみな植え込みの中へ逃げ込んだ。「大丈夫ってことよ。あの狸婆ァに撃てるもんか」
「撃てるさ」鼻を鳴らすと同時に発射した。
 ジャック・ザ・ジョンはあわてふためいて門のかげに逃げた。一団は悲鳴をあげながら、バラの繁みといわず花壇といわず踏み散らし、泡をくって逃げ出した。ホン・コンは大声でけしかけながらさらに二発放った。これぞ人生でなくて何だろう。

「撃てるもんか」と言われて、すかさず銃撃で応答するホン・コン。
この小説で最も盛り上がるシーンとなっており、ハッキリ言って頭がオカしすぎて笑ってしまうが、ホン・コンの境遇を考えると気持ちも理解できる。

ホン・コンは常に「自分の考えていることは正しい」と思い生きてきた。他人の気持ちを慮ることの出来ない性格のため人には好かれず、使用人のミス・ジョーンズ以外の人間からはほぼ疎まれて来た孤独な老婦人だ。
そんなホン・コンが自分独自の正義を振りかざして相手よりも優位に立てる武器を手にして、ごろつき共を撃退する痛快さ。まさしく『これぞ人生だ!』と思う。
ホン・コンは貴族階級でありながらケチで、おばさんなのに身一つで文字通り男たちへぶつかっていく度胸の良さがある。しかも間違いを正すためには最後まで自分の考えを押し通し、自分が変わるのではなく相手に合わせることを強要する傍若無人さがある。

最近の日本では、こういう人のことをサイコパスといって煙たがる風潮があり、Twitterなどではよく炎上して叩かれている。
しかし、こういう人がいないと固定観念に凝り固まっている因習の打開は不可能だ。協調性が無いからといって排除せずに、世間的な許容範囲を拡げてこういう人にも居場所を与えて欲しいと思う。

ちなみに、タイトルの『案外まともな犯罪』について、どのあたりが"案外まとも"なのかというと、事件性が無いと思われたロドニー・バーバーリーの死は、"案外まともな理由の殺人事件だった"ということだろう。

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