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カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ(感想)_相手の態度を的確に言い当てる言葉

「カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ」は、早川書房から2021年9月に刊行されたサリー・ルーニーの小説。主人公フランシスと友人のボビー、それと30代前半の夫婦ニックとメリッサの4人を中心とした物語で、それぞれの抱えている悩みや問題について、お互いに語られる言葉の描写が巧みで興味深い作品だった。
以下、ネタバレを含む感想などを。

意識の高い二人の女性

主人公のフランシスはダブリンで名門トリニティ・カレッジに通う21歳の女性で一人暮らし。顔立ちは平凡だが、痩せているせいで人の目をひくことがあると自分では考えている。
両親は離婚していてあまり裕福ではない家庭に育ち、友達と呼べるのはハイスクールで知り合ったボビーだけ。フランシスは両性愛者でそのボビーとはかつて付き合っていたこともある。現在は一緒にスポークンワードのパフォーマンスをしたり、事前の約束なしに部屋で「未来世紀ブラジル」を観たりするほど親密。
ボビーは美人で言いたいことをハッキリと言う性格の同性愛者で、コミュニケーション・スキルが高く裕福な家の生まれ。世界で起きている社会問題への関心が高く、ジェンダーギャップや資本主義の抱える矛盾に対して知人と語り合ったりする。

街のバーで開かれた詩のイベントに参加していた二人は、ジャーナリストのメリッサという女性に声をかけられ家に招かれる。メリッサは結婚しているおり、夫のニックは舞台や映画をこなす俳優で、穏やかな性格のハンサムな男性。やがてフランシスはニックに恋をするようになり、二人はメリッサに隠れて不倫するようになる。

受け身なニックの態度に不安になるフランシス

物語はフランシスの視点で語られる。ボビー、ニック、メリッサはいわゆる富裕層で、さらに恵まれたルックスも兼ね備えているため、フランシスからすると不自由なく幸せに暮らしているかのように映るのだが、徐々にニックとメリッサの抱えている問題があらわになって、4人のパワーバランスに変化が出てくる。

ニックは避妊せずにセックスをしたり「不倫しているのはフランシスに求められたから」と言わんばかりに受け身な態度を取るため、責任転嫁しているように思えて読んでいてとても印象が悪い。
フランシスはそんなニックの態度に疑心暗鬼になり、マッチングアプリで知り合った男と寝て嫉妬させようと試みたりもして、二人の距離感は良好でなくなるのだが、関係を終わらせることも出来ない。
不倫発覚後、メリッサから送られるメールによってニックの態度が受け身な理由が判明し、ニックには主体性がなく中身は空っぽだと言わんばかりと酷評されている。

彼は人間として弱いところがあるし、とっさに相手が求めていることを言ってしまう傾向があります。
<中略>
彼が好きなのは、彼自身の選択について相手に全責任を負ってもらえること、ただそれだけです。

さらにメリッサはニックと離婚するつもりはないため、ルックスや人間性を理由にニックがフランシスと不倫したわけではない、と釘を差しているが、これも事実だろう。

このメールによってニックへ同情するところがないでもないが、自尊心を取り戻せたニックが、メリッサと久しぶりに寝ることになったことをわざわざフランシスに電話してくる無神経さに呆れるし、不倫発覚後も離婚はせずにフランシスとの肉体関係も続ける始末で、当然離婚してフランシスとやり直す気もない。

後にニック自身の告白によって、かつて精神を患っていたが、フランシスに出会えたことで精神的に安定してきていることや、ニックがどん底にあった頃にメリッサも不倫していたことも伝えられ、ボビーは夫婦揃ってクセが強い二人の関係を鋭く言い当てる。

あいつらはお互いのためだけに存在しているの。時々ドラマティックに浮気でもした方があいつらにはいいのかもね。そうやってお互いの興味をつないでいるんだよ。

既存の制度に縛られない自由な恋愛

フランシスとボビーの間には小さな諍いはあるが、表面上はずっと順調だった。フランシスが金銭や家族のことなどをニックに相談してもボビーには隠していたのは対等の関係でいたかったのと、二人の距離が近すぎたからだろう。
また、フランシスからすると、ボビーは美人で誰とでも仲良くなれて家も裕福なため、コンプレックスを感じているフシがある。

ボビー自身は自分のことを特別な人間だとは考えておらず、大学卒業後の進路についてフランシスと話している際、フランシスに卑屈なところがあるような言い方をする。

あんたは自分が好きな人間はみんな特別だと思っているんだね、彼女は言った。
<中略>
私は本当に普通の人間なんだよ、ボビーは言う。あんたは誰かを好きになると、他の人間とは違うんだとその相手に信じ込ませる。

その後、無許可でボビーをモデルにした小説を出版社へ送ったことが発覚し二人は交流を断つが、メールの長文で謝罪をすると、ふらっとフランシスのもとへ帰ってくるボビーのあっさりしたところが素敵だと思う。

思い起こせば、フランシスがボビーを利用したり嫉妬させるような身勝手な行動をしても、ボビーはいつだって許してくれた。
しかし物語の終わり方はなかなかに不穏。ニックとの不倫関係が終わり、ボビーとの関係が修復されたかのように思わせておいて、間違い電話をきっかけにフランシスはニックと再会の約束をするのだから。

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本作の登場人物は、男性優位や資本主義のもたらす社会課題や結婚の形などについて話題にすることが多く、日本の若者たちにも近いところがあると思った。
また、フランシスが自らを共産主義だと言うのは、裕福な生まれでないことも無関係ではないだろう。

どうせこの女は支配階級なんだから、喜び勇んで骨組みから全部崩してやるって勢いで、あんたはクソみたいな鼻ピアスをして我が家に乗り込んで来たの。

メリッサからこのように指摘されて、フランシスは「私はあなたの人生をぶち壊そうとしたんじゃなくて、盗もうとしたの」と言い、富裕層の生活への憧れを隠さない。

また、中心となる4人の恋愛に対する考え方は自由で、一般的な結婚に縛られることなく、モラルよりも自分の欲求や意志を優先する感じも伝わってくる。
ボビーは同性愛者でフランシスは両性愛者だが、それよる差別や軋轢が作中で話題になることはほとんどないのも意外だったが、異性愛者でなくても、当たり前の日常として社会が受け容れられているからだろうか。
いずれにせよ、登場人物たちの投げ掛けてくる言葉が身に覚えがあるようなことがあったりして興味深い小説だった。

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